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山岸先生の高校生への語り口
ホフステードの国民文化の研究は、社会心理学の領域に留まらず、経営学等様々な分野で引用され、またアカデミアではない企業などの一般の社会活動の中でも参照されています。
多くのアカデミックな研究は、その議論が行われる場がアカデミアのコミュニティの中に限定され、一般の社会活動でも参照される研究というのはそんなに多くはありません。その意味で、ホフステードは広範な影響を及ぼした稀な研究者だったのだと思います。
日本人の研究者による研究の中にも、広範囲に渡るインパクトを及ぼしたものがありますが、山岸先生の信頼に関する研究は、間違いなくそうした類まれな研究の一つで、一般社会へ深く浸透したものだと思います。
山岸先生の議論は、一般の人が読んだり・聞いたりしても十分に理解できるものだと思いますが、この本は、ご本人の研究内容を高校生に伝えるという形式を取っていて、輪をかけてわかり易くなっています。
最近、専門領域の話を理解する一歩として、高校生向けに書かれたテキストを読むのがちょうどよいと思うことが多いのですが、この本の位置づけもまさにそういうものなのかもしれません。
社会のインセンティブ構造の全体像を解き明かす
社会を見る一つの見方として、その社会では人は自分の周囲の環境にどう適応行動すると得か?(インセンティブ体系があるか)という観点から見るものがあります。
山岸先生が本書の中で高校生に対して説明しているのは、正にこの観点です。
人は、社会の中で問題が起こると、その問題が起きた理由を問題に関わっている「人のこころや認知のあり方(気持ちや性格・性質、頭の良さ等)」のせいにすることが良くあります。
例えば、学校のクラスでいじめが起こっていたとすると、いじめが無くならないのは「そのクラスの他の生徒が思いやりが無いからだ」というような原因帰属をするということです。
政治で問題が起これば「政治家が腹黒く無能だから」と考えるし、企業で汚職が起これば「経営者の倫理観が欠如しているからだ」と考える。
これは人のバイアスの一種で、山岸先生はこれを「心でっかち」と呼びます。
山岸先生は、読者の高校生に対して、こうしたバイアスに囚われないようにすることを勧めます。人の気持ちや性格・性質に問題の原因を求めるのではなく、一歩引いて全体観を把握することにつとめ、その為の方法として理論の光で現象を照らしてみることを勧めます。
社会には、あるひとりの個人がどういう人で、どう感じ、どう考え、どう行動するか、という個人レベルの話と並行して、集団レベルのインセンティブ構造があります。そのインセンティブ構造に対応した適応行動を個人が取り、そうした適応行動が繰り返されることで社会の状態が変化していきます。
例えば、本書の中でも紹介されていますが、「いじめが消滅したクラス」と「いじめが無くならないクラス」の差は、片方のクラスの生徒に思いやりが有り、片方のクラスの生徒に思いやりが無い、というわけではなく、ちょっとした初期値の設定の差でしかない可能性があります。つまり、いじめを阻止するか傍観するかを決めるのに、多くの人は周りの生徒の反応を見ながら自分の行動を決めるわけですが、その程度には差があり、その初期値がちょっと違うだけで、片方のクラスは螺旋階段を上がるようにいじめ阻止の機運が高まり、もう片方のクラスは機運が下がっただけかもしれない、ということです。
異なる文化で人の振る舞いに違いが出るのは、
各文化における適応戦略が変わるから
上記のような考え方に基づくと、異なる文化で人の振る舞いが変わるのは、文化によって適応戦略が変わるからということになります。
ある文化がもつ価値観や共有されている信念に基づくと、どう行動するのが適応的かということを人は考える。もっというと、どう行動すれば得か(含む「生き延びられる」「子孫を増やせる」)ということを考える。この立場に立つと、人に差があるわけでは無く、環境への適応行動が変わるだけで、人には差は無いということになります。
心の文化差に関しては、理論的な論争があり、文化心理学のアプローチは上記の適応論とは異なる考え方をするため、そのことには留意をする必要があると思います。一方で、山岸先生が言うインセンティブ構造を明らかにしようとする考え方は、組織や社会の中で何らかの行動変容を促す人達にとっては大変参考になる見方なのだろうと思います。
人がある振る舞いをする背後には、構造的なインセンティブ体系があり、そこに着目して社会/集団への介入を考えるということは、一つの有効なアプローチだと感じます。組織や社会を変えることは容易ではありません。組織や社会の理想とする姿を描き、そこに向けて周囲の人を巻き込んで何かを成し遂げようとしても、そうした試みは度々大きな壁にぶち当たり、「しがらみ」ます。そうした困難に直面すると、人は「周囲の人の〇〇が悪い」と個人レベルに着目しがちです。確かに個人のレベルの問題もあるかもしれないけれど、同時に個人の適応行動に影響を及ぼす集団レベルのインセンティブ構造に着目することで、違った介入の仕方を考えることに繋がると感じます。
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。 株式会社かえる 代表取締役。
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