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今日のテーマは、博士課程を「職歴」として企業が見るようになる条件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日も移動時間を使って、ちょっと気になってることを話そうと思います。8月11日の日経新聞で博士号の価値について2本の記事を読んだんですけど、そこから色々考えちゃったんですよね。慶應義塾大学塾長の伊藤公平さんと、アサヒグループホールディングス会長の小路明善さんの記事です。歩きながら、ゆるく話してみようと思います。
最近、博士課程の話題って結構ニュースになってますよね。特にJSTのSPRINGっていう支援プログラムで、受給者の約3割が中国人留学生だったって話。「なんで日本の税金で…」みたいな議論になっちゃったんですけど、これって逆に言えば、日本人の若者が博士課程を選ばない現実を突きつけられたわけですよ。
で、なんで博士課程が人気ないかっていうと、やっぱり博士号を取っても、その先のキャリアが開けない、給与や待遇も上がらないっていう問題があるからだと思うんです。
メンバーシップ型でもジョブ型でも博士が活躍できない理由
日経新聞の記事で小路明善さんが指摘してたんですけど、「大学卒に博士課程を加えた5年上の給与を提示するのではなく、職務内容を明確に定義したジョブ型の給与が望ましい」って。確かにその通りなんですけど、じゃあジョブ型にすれば解決するかっていうと、実はそうじゃないと思うんですよね。
なぜかっていうと、博士課程で学んでることが実務に直接生きないから。仕事でパフォーマンスを出すには、その仕事特有の文脈の知識とか、業界の人脈が必要じゃないですか。確かにこの手の知識はメンバーシップ型の組織の方が多いけれど、本質的にはジョブ型の組織においても文脈知識は必要になる。そして、博士課程で学んだことは、そうした仕事の知識や人脈そのものではないから、必ずしも即戦力として活躍できるわけではない。
日本の大企業が、大学院の学位にはたいした価値を置かないのに、どこの大学出身かを見るのには一定の合理性があって、それは「地頭の良さ」の代理指標だからですよね。知識・スキル・人脈は、会社に入ってからOJTで身に着けるから、採用するなら地頭が良く、スポンジのように知識を吸収してくれる若手の方が良い。一方、大学院の専門過程で学んだ知識は実務とは直接関係ないことが大半だから、それほど価値は置かれない。
だから問題は雇用形態じゃなくて、大学院の教育課程で身につけるスキルにあるんじゃないかと思います。

研究プロジェクトで身につけられる「プロジェクトマネジメント」という型
僕が思うに、日本の大学院の問題は、「大学院に行けば実務でも通用するスキルが身に着けられる」場所であるというイメージが無いことだと思います。もちろん、特定の研究科や研究室は優れた教育を行っている所もあると思いますが、大半の研究科や研究室はそうでは無いと思いますし、「実務とはちょっと距離がある」という印象は最も実務に近そうなMBAに対してさえ持たれているのが実態だと思います。
とはいえ、本当は大学院の教育課程で身につけられるスキルもあるはずなんですよ。僕が思うに、それは「プロジェクトマネジメント」のスキルであるべきだと思います。
プロジェクトマネジメントって、業界が変わっても、会社が変わっても、組織が変わっても通用する「型」ですね。例えばコンサルの人たちを見てください。プロジェクトごとに全然違う業界を渡り歩いて、製薬会社の次は自動車メーカー、その次は金融機関みたいに動いても、ちゃんとパフォーマンスを発揮できる。それはプロジェクトマネジメントのスキルがベースにあるからです。
大学院の課程って期間限定じゃないですか。修士なら2年、博士ならプラス3年。その5年間で何回プロジェクトを回すか、どういう風にプロジェクトを回すか。明確なゴール(例えば一流ジャーナルに3本論文を出す)を設定して、博士の学生であれば、場合によっては修士の学生をメンバーとしてチームをマネージメントする。
自立してプロジェクトが回せるようになった段階で博士が取れている。本来はそういう教育体系なのだから、大学院を卒業したらプロジェクトマネジメントに関しては一定の「型」が身についていても良いはずだと思うのです。
博士課程を「研究特化型コンサルファーム」として捉え直す
つまり、博士課程っていうのは「研究という領域に特化したコンサルティングファームに入るようなもの」として世の中に認知されるべきだと思うんです。
考えてみれば、博士課程の学生がスーパーバイザーと一緒にやってることって、日本の科学技術の水準を上げるという大きな目的のもとで、国際的なジャーナルに論文を出すという明確な目標を持って研究してるわけですよ。これってシンクタンクの研究員が政策提言を作ったり、コンサルタントが企業の課題解決をしたりするのと同じで、社会に付加価値を生み出しているわけじゃないですか。
だったら、そういう付加価値に対して、ちゃんと給料を払ってもいいんじゃないか。実際、欧米では博士課程の学生にまともな給与が出るのが普通ですよね。
トップファームのシニアパートナーに近いような知的能力の高いスーパーバイザーがいて、その下で5年間鍛えられる。卒業する頃には「知識創出の領域であれば、どんな領域でもプロジェクトが回せるようになってます」っていう明確なスキルセットを持っている。これって立派な職歴じゃないですか。
でも現実は、今の大学院の多くで、プロジェクトマネジメントの有効な型を教えてくれるところってそんなにない。研究の専門知識は教えてくれるけど、それをどうやってプロジェクトとして回していくかは、「やり方は人それぞれ」みたいになってます。
コンサルファームって、良くも悪くも「型にはめられる」所があって、あるファームで3年も働いたら、全員「暗黙の前提」のような形でプロジェクトにおける初動からクライアントとのインタラクション、付加価値の出し方が身についている。言い方悪いですけど、金太郎飴みたいに、「型」の部分は共通しているし、言語化可能な状態になっている。
だから、コンサルファームに入ることで、「あそこで頑張れば一段上のスキルが身につく」という一定の認知が世の中にあるのだと思います。同じようなことを大学院過程でも出来ないか、と思うわけです。

多様な研究室のあり方―基礎研究と実務連携の共存
だから僕が思うのは、今実業界でやってる人たちが、一度大学院に戻ってきて、実務家として博士号を取る。そして研究プロジェクトを回しながら、日本の科学研究力を上げることにも貢献し、大学院の教育課程を強くすることにも貢献する。そういう流れが必要なんじゃないかと思います。
もちろん、こういう話をすると「研究の本質が失われる」という懸念もあるでしょう。「金太郎飴」のように研究者を育てると、自由な発想が失われてしまうかもしれません。だから、全ての研究室がこうなる必要はないとは思います。純粋に知的好奇心と個人のスタイルで運営されていく研究室があるのは当然です。むしろ、そういう多様性は絶対に必要でしょう。
ただ、その一方で、実務との連携がすごく厚い研究室があってもいいんじゃないか。実業界に行ったとしてもすぐに通用する人材を5年で育てる点に強みを持つ研究室があっても良いんじゃないか。そういう選択肢があれば、大学院課程の魅力も増すのではないかと思います。
まとめ
というわけで、今日は博士課程についてのお話をさせていただきました。日本の博士課程の問題って、大学院で学ぶことと企業で必要なことのミスマッチが根本にあって、でもプロジェクトマネジメントという「型」を教えることで解決できる部分もあるんじゃないか。様々な研究室の選択肢があることで、日本の研究力も上がっていくはず。
もしこの記事を読んで何か感じることがあったら、ぜひSNSでシェアしてコメントで教えてください。日本の研究力について、みんなで考えていければと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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