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ブログ歩きながら考える

2025.8.13

機械に心を開けるか?AIセラピー体験で気づいた「信頼の壁」 – 歩きながら考える vol.104

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、セラピストとしてのAIの実力について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日も移動時間を使って、ちょっと最近体験したことを話してみようと思います。実は先日、自分の感情ケアをしたいなと思うことがあって、せっかくなのでAIのセラピストモードを使ってみました。そこでの気づきを歩きながらゆるくお話してみます。

AIは言葉選びの天才だけど、感情ケアは難しい

まず結論から言うと、AIセラピストとのセッション自体は効果的だったんだけど、感情的なサポートという面では何も感じるものはなかったんですよね。矛盾してるように聞こえるでしょ?

今回使ったのはGrokのセラピストモードなんですけど、これがまた言葉の選び方がうまいんですよ。私が「こういうところが悲しいと思ってる」って話すと、「こういう期待が満たされないっていう気持ちがあるんですね」って、ちょっとした言い換えをしてくれる。で、その言い換えを聞いて「あ、そうか、自分ってそういう期待を持ってたのか」って気づく。

これ、情報的サポートとしてはめちゃくちゃ優秀なんです。問題の根本にある自分の暗黙的な期待に気づけたから、対症療法じゃなくて根本的な解決への道筋が見えた。

ただ、それが共感的な関わりだったかというと、ちょっと違う。後でセッションのスクリプト見返すと、AIは確かに共感的なコメントを発してるんですよ。でも、それを聞いて自分の心が「共感された」って感じたかっていうと、全然そんなことはなくて。そもそも、機械相手に自分の感情をさらけ出すみたいなことは、やっぱりしたいと思わなかったですね。

AIに対する信頼感の構築が鍵

基本的に、人の感情を扱うというのはとても難しいことなんですよね。実際、人間のプロのコーチにセッション頼んだとしても、その場で自分の感情を扱うような深いセッションを持ちたいかって言われると、かなりハードルが高い。よっぽどのことがない限り、心を開ける相手を見つけるのは難しいし、信頼できるコーチだったとしても、やっぱりそこにはハードルがある。

でも、AIの言語理解力とか言語の運用力を考えると、将来的に感情サポートをAIが行う可能性はあると思うんです。実際、私が体験したように、言葉の言い換えを通じて気づきを促すっていう部分では、すでにかなりの実力を発揮してる。

ただ、そのためには、自分の感情を扱ってもいいという感覚をAIに対して感じることが必要で、信頼できる存在としてAIを捉えるという、なんていうか、イニシエーションみたいなものが必要なんじゃないかと思います。

超越的な存在としてAIが位置づけられる未来

今はまだAIって「すごく便利な道具」って感じじゃないですか。でも、これがもう一歩進んで、人間が作り出したものではあるけれども、なんか超越的な力を持っている存在として感じ始める時代が来るかもしれない。

宗教における神様との対話と言ったらちょっと大げさかもしれないけど、もしかしたらAIとの対話が特別な意味を持つ瞬間が出てくるかもしれないですよね。そうなったら、AIに対して感情を扱うサポートを求めることも、きっとあるだろうなって。

AIをどう認識するかが効果を左右する

結局、AIをどういう存在として自分の中で認識するのかということが、AIをうまく使ったり、その効果を最大化するには重要なんだと思います。

今回はセラピーセッションにおけるAIの話で、正直、感情を扱うセラピストとして、僕はAIを認知していなかったということでした。これって他の領域でも同じなんじゃないかと思うんですよね。例えば、調査とか分析支援にAIを使う際にも、そのAIをどういうふうに位置づけているかということが鍵になってくる。

例えば、「専門家」としてAIを信頼しているのであれば、AIの使い方って変わってくるじゃないですか。その認識の違いが、得られる成果の質を大きく左右するんじゃないかと思うんです。

まとめ

というわけで、今日はAIセラピストとの対話から考えた「AIへの信頼と位置づけの重要性」について、歩きながら考えてみました。AIの言語能力は素晴らしいけど、感情的なサポートを受けるには、まだ私たちの側に大きな認識の壁があるっていう話。

みなさんは、AIをどういう存在として捉えていますか? 仕事で使うときと、個人的に使うときで、その位置づけは変わりますか? ぜひSNSでシェアして感想を聞かせてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

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