YASUSHI WATANABE.COM

日本語 ENGLISH

Blog

ブログ歩きながら考える

2026.9.3

AIで上がった幸福が、同じ場所から下がる話 – 歩きながら考える vol.366

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIは中長期で幸福感を削るかもしれない話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

今日は「AIと幸福」の話を、もう少し先まで考えてみたいと思うんですよね。

今年に入ってから、研究の世界でAIに対する懐疑的な見方がかなり強まってきた感覚があります。先日も学会の議論で話題に出ていたんですが、AI以前は、論文を年間1本書くだけでも本当に大変だったんですよ。それが最近では「1週間で7本書いた」という話すら耳にします。すべてをAIに投げて、どこまで論文を生成できるか。フルに最適化すれば、確かにそれくらい出せてしまうのかもしれません。

私自身、そこまでではないにせよ、AIで論文の執筆スピードは劇的に上がっています。そして正直に言うと、最初は幸福感がすごく上がったんですよ。今日は、その幸福が中長期的には下がっていくんじゃないか、という仮説の話です。

なぜ、最初はあんなに幸福なのか

心理学に自己決定理論という枠組みがあって、人の幸福ややる気を支える基本的な欲求として、自律性(自分で決めている感覚)と有能感(できるようになっている感覚)などが挙げられています。

AIを使った研究の何が幸福かというと、この二つが同時に満たされるんですよね。自分で仮説を立てて「こういう論文を書こう」と決めるのは私です。自律性が満ちる。そしてAIを道具として使えば、それが素早くアウトプットの形になる。有能感が満ちる。考えてみると、この二つを同時に、しかもこの強度で満たしてくれる道具って、あまりなかったと思うんですよ。幸福感とエンゲージメントが一気に高まるのは、理屈の通った話なんです。

回し車は、自分で速くしている

ところが、この幸福なループを回し始めると、同時に引き寄せてしまうものがあります。

一つは、並行作業です。短期間に多くのアウトプットを出せるようになると、走っているプロジェクトの数が自然に増えます。そうすると、頭の切り替え——コンテキストスイッチ——が頻繁に発生する。あっちの論文の分析、こっちの原稿の修正、その合間に別の査読対応。一つひとつは進んでいるのに、切り替えのたびに認知のエネルギーが漏れていって、夕方には深刻な疲弊感が残る。

ここで意地の悪いのは、この回し車、誰にも強制されていないということなんですよ。自分で始めて、有能感が報酬として返ってくるから、自分でどんどん速くしている。ラットレースという言葉は普通「やらされ感」とセットですが、この回し車は楽しいんです。意欲が高いまま、疲弊だけが静かに積み上がっていく。

認知のケチは、一番大事な部分から削る

もう一つの問題は、もっと見えにくいところで起きます。

人間の認知リソースには限りがあるので、頭は無意識に節約をします。心理学ではこれを認知的マイザー(認知のケチ)と呼びます。で、回し車が速くなってリソースが逼迫すると、このケチがどこから削るかというと、吟味と検証からなんですよね。AIの出したものを立ち止まって疑う、本当にこの分析でいいのかを確かめる——本来、一番AIに任せてはいけない部分に割く意識が、真っ先に薄れていく。

サボっているわけではないんです。認知の会計上、そこが一番「削っても今日は困らない」費目だというだけで。ただ、そのツケは今日ではなく、少し先に来ます。

上がったものが、同じ場所から下がる

こうして、負のループが閉じます。回し車の速度が上がりすぎると、ペースを自分で決めている感覚が失われて、止まるという選択肢が消えていく——自律性が削られる。検証を省いた分だけミスが増えて、やがて自分の仕事への信頼が揺らぐ——有能感が削られる

お気づきでしょうか。削られていく二つは、最初に幸福を押し上げてくれた二つと同じなんですよ。AIがくれる短期の幸福は、偽物ではないと思います。自律性も有能感も、確かに満たされている。ただ、その請求書が、少し遅れて同じ口座に届くのではないか。上げたものと同じ場所から下がるのではないか。これが今日の仮説です。

だとすると、問題は「AIを使うか使わないか」ではなくて、この回し車の速度を誰がどう制御するのか、なんですよね。楽しくて自分で速くしているものを、自分で緩められるのか。まだ答えは持っていないんですけど、自分自身の回し車を眺めながら、考え続けたいと思っています。

この記事が面白かったら、スキやフォローをいただけると励みになります。それでは、また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

関連ブログ Related Blog

AIが描く教育の理想と「30%」の現実 – 歩きながら考える vol.240

ブログ歩きながら考える

2026.3.4

AIが描く教育の理想と「30%」の現実 – 歩きながら考える vol.240

今日のテーマは、AIが教育をどう変えるか、そしてなぜそれが思ったほど進まないのか、について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだ... more

AIが変える教育と育児:少子化対策の希望か、それとも新たなリスクか – 歩きながら考える vol.166

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2025.11.12

AIが変える教育と育児:少子化対策の希望か、それとも新たなリスクか – 歩きながら考える vol.166

今日のテーマは、AIによって教育や育児の負担が減ることが社会としての少子化対策になり得るか、について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミング... more

「年下上司」時代に中高年は幸福になれるか? – 歩きながら考える vol.206

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2026.1.13

「年下上司」時代に中高年は幸福になれるか? – 歩きながら考える vol.206

今日のテーマは、50代社員が直面する「年下上司」問題と、その幸福への影響について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや... more