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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2026.8.21

AI編集者を1000人つくる話 – 歩きながら考える vol.357

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AI編集者を1000人つくるという話について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は前回の続きを話してみようと思います。

前回は、文学賞に小説が殺到しているという話をしました。簡単に振り返ると、生成AIで小説を書くハードルが下がり、公募新人賞の応募が軒並み急増している。ところが選考のコストで賞の側が持ちこたえられない。AIを使った作品を弾こうにも、どこからがAI使用なのか線が引けない。だったら質だけを見るしかないけれど、質を判断する人間の目が足りない。審査側もAIを使うしかない。でもそうすると、選考基準そのものをAIが決めることになってしまう。そこで手が止まった、という話でした。

今日は、その先を考えます。

怖いのは、判断する主体が「一つ」になること

前回感じた気持ち悪さを言い直してみます。

引っかかっていたのは、AIが判断することそのものではなかったと思うんです。人間の選考だって、たまたま選ばれた数人が読んで決めているわけで、客観的でもなんでもない。それでも受け入れられてきたのは、選ぶ人が複数いて、バラバラだから。ある編集者に嫌われた変な作品が、別の編集者には刺さる。「捨てる神あれば拾う神あり」ですね。この逃げ道が制度に組み込まれている。

同じ数社のモデルが全部の賞の一次選考に入ると、この逃げ道が消えます。一度弾かれたものは、どこに出しても弾かれる。怖いのは自動化ではなく、判断する主体が一つに収束することのほうです。

だとすれば、進む方向は見えてきます。バラバラなまま、自動化すればいい

編集者が自分のデジタルツインを持つ

そこで私が考えているのが、編集者一人ひとりが、自分のデジタルツインを持つという形です。

汎用の高性能なLLMに「良い小説を選んで」と丸投げするのではありません。編集者が自分がよく読む分野、好きな文体、これまで何を通して何を落としてきたか。それを写した自分の分身をつくり、分身に一次選考を任せる。世界中の編集者がそれをやったら、どうなるか。

想像してみてください。あなたが応募した一本の小説を、1000人のAI編集者が、いっせいに読む。ミステリーひと筋30年の編集者の分身も、翻訳文学しか読まない編集者の分身も、新人の掘り出しに命を懸けてきた編集者の分身も、全員が同時にあなたの原稿を開く。人間の選考では絶対に起こらない光景です。

実は研究の世界では、これに似たシリコンサンプリングという手法があります。LLMに人間の回答者を演じさせて調査データを合成する方法ですが、弱点も知られていて、AIに人間を演じさせると多様性が平べったくなる傾向があるそうです。平均は当てられても、ばらつきが当てられない。

でも、実在する編集者一人ひとりに1対1で対応する分身なら、話が違うはずです。「編集者らしさ」を統計的に推定するのではなく、いまこの瞬間の編集者集団そのものを、全数写し取る。本人の関心が変われば、分身も変わっていく。

「結局どれも同じ基盤モデルの上で動くのだから、似てしまうのでは」という反論はあると思います。ただ、これは測れる話です。同じ作品を生身の編集者と分身の両方に評価させて、人間同士の割れ方と、分身同士の割れ方を比べればいい。分身のほうが揃ってしまうなら、まだ使えないと分かる。作る前に確かめられます。

一致した低評価だけが「不合格」になる

1000人の分身が読み終わったとき、返ってくるのは合否ではなく、反応のパターンです。

たとえば、平均して高い評価なら、広く読まれる作品かもしれない。平均は普通なのに、ミステリー30年の分身だけが満点をつけたなら、その方向に突き抜けた作品かもしれない。そして評価が真っ二つに割れたら——そこには、何か新しいものが混じっている可能性がある。

つまり、はっきり落とせるのは低評価で一致したときだけです。これはさすがにちょっと打ち出せなさそうだね、というものを仕分けしていく。それ以外はすべて「人間の誰に読ませるべきか」を示す材料になる。AIがやるのは選ぶことではなく、割り振ること。価値判断は人間の側に残ります。

運は残ります。誰の分身に刺さるかで結果は変わる。でもそれは、いまの選考にもある性質です。違うのは、いまの運が見えないのに対して、こちらは運の大きさを測れるということです。

まとめ:人間中心のAIとは、こういうことかもしれない

「人間中心のAI」という言葉はよく聞きますが、実際には、性能の高いモデルに任せて人間が結果を確認する、という形になりがちです。この構想は逆で、人間一人ひとりの判断を拡張して、その多様性ごと機械に載せる。中心にいるのは編集者本人です。だから編集者は、義務ではなく、自分が本当に出会いたい書き手に出会うために、自分から分身を作ると思うんですよね。

もしこの記事を読んで「自分の分身をつくるなら何を学ばせるか」とか「いや、そこは人間がやるべきだ」と思った方がいたら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。いいねやフォローもいただけると励みになります。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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