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ブログ歩きながら考える

2026.8.3

外国籍社員は、日本企業のキャリアの「何」に悩んでいるのか – 歩きながら考える vol.343

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、外国籍社員の離職と「期待のズレ」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近また考えていたことを話してみようと思います。つい先日、総務省の発表で、日本の外国人住民が400万人を超えて過去最多になったそうです。日本人の人口は17年連続で減っている一方で、です。日本で働き、暮らすことを選んでくれる方は、全体として確実に増えている。ただ、じゃあ一つひとつの組織の中で、その方たちがいきいきと定着できているかというと、どうもそれは別の話のようなんですよね。というのも、ここ5、6年くらいですかね、私のところに定期的に同じテーマのご相談が来るんです。「外国籍の社員が定着しない」という相談です。入口では日本を選んでもらえているのに、その先でつまずいている。ずっと相談が来続けるということは、まだこの問題、解けていないんだろうなと。しかも最近、これは企業だけの話じゃないなと気づいたことがあって、今日はそのあたりを歩きながら考えてみます。

語学研修では、離職は止まらない

日本で働く外国籍の方は年々増えていて、企業側にも「優秀なグローバル人材を獲得したい」というニーズが強くあります。ところが、せっかく縁あって入社してもらったのに、数年で辞めてしまう。辞めないまでも、どこか元気がなく、力を発揮しきれていないように見える。そんな悩み、けっこうあちこちで耳にするんですよね。

こういうとき、企業の打ち手は「適応支援」に向かうことが多いようですね。日本語の研修、生活のサポート、ビジネスマナー研修。もちろん、どれも大事です。でも、それだけでは職務満足度の低下や離職は止まらない、というのが私の実感です。なぜなら、本当の原因は本人の適応力ではなく、もっと手前にある「期待のズレ」だからです。しかもこのズレ、やっかいなことに、ほとんど言語化されないまま放置されていますね。

ズレの正体は「暗黙の前提」の違い

たとえば、日本の大企業には、いまでもこんな前提が残っていると思います。若いうちは、数年でパフォーマンスが出なくても、長く働いてもらうことを前提に育てていく。キャリアは長い時間軸で、会社とチームの中で形づくられていくものだ、という考え方。文化の観点から解釈すると、これは「長期志向」で「集団主義」的な世界観の表れと見ることができそうです。

一方、北米に代表される「個人主義」的な傾向が強い社会では、キャリアは自分で自律的に作っていくものと捉えられやすい。若い世代だと、国によらず、この考え方の人が一定数いますね。「短期志向」の傾向も加わると、数年単位でポジションを変えながら積み上げていくのが自然な感覚になります。そういう世界観から見ると、自分の人事がどう決まるのか見えにくく、人事権が自分にない日本の仕組みは、相当に戸惑うものなんじゃないかと思うんです。

大事なのは、どちらが正しいという話ではない、ということです。長期雇用を望む人だっています。問題は、お互いが自分の前提を「当たり前」だと思ったまま相手に期待し合うので、ズレが生まれ、それが言葉にならないままモヤモヤとして蓄積していくことなんですよね。

実は、大学の研究室でも同じことが起きている

で、冒頭の「気づいたこと」なんですが。私は大学の研究室にも身を置いているんですけど、この構造、研究室でもすごくよく見るんですよ。しかも、冒頭の「入口では選ばれるのに、出口で離れていく」という形で。

たとえば、留学生。せっかく日本を選んで、日本で学んで、学位まで取ったのに、日本に残らず出て行ってしまうケースをよく見ます。そういう学生から聞こえてくるのは、「どうすればポジションに就けるのか、基準がわからない。実力主義にしてほしい」という声です。これ、まさに先ほどの構造そのままだと思いませんか。組織の側には「こういう時間軸で、こういう関わり方で育っていくものだ」という暗黙の前提があって、入ってくる側には「基準が明示されていて、実力で評価される」という別の前提がある。どちらも悪気はないんだけど、お互いにそれを言葉にしないまま期待し合うので、ズレがモヤモヤとして溜まっていって、ある日ふっと人が離れていく。

つまりこれ、「外国籍社員の問題」でも「企業の問題」でもなくて、異なる前提を持つ個人と組織が出会う場所ならどこでも起きる構造なんじゃないかと思うんです。新卒や中途の入社者、異動してきた人、海外駐在から帰ってきた人。「個人と組織文化のすり合わせ」が必要な場面は、実は組織のあちこちにある。外国籍社員のケースは、前提の距離が大きいぶん、この構造が一番くっきり見えているだけなのかもしれません。

だから、文化を語る「共通言語」が要る

じゃあどうするか。私が考えているのは、文化を語るための「共通言語」を持つことです。私はホフステードの6次元モデルという文化のフレームワークを使うのですが、ポイントはモデルそのものではなくて、これを「知識として学ぶ」のではなく「自分たちの組織を読み解く」ために使う、というところです。「なんとなく合わない」で終わらせず、どの次元で、どうズレているのかを言葉にできれば、感情的な対立ではなく「認識の違い」として建設的に話し合えるようになります。

そして、その共通言語を使った対話の場に、外国籍社員の視点を「混ぜる」。やり方はいろいろあると思います。外国籍の先輩社員が新人の外国籍社員とじっくり話す機会をつくる上長と本人が、共通言語を使って期待値をすり合わせる場を設定する既存の1on1やメンター制度に共通言語を組み込む。どれか一つの正解があるわけではなくて、組織の状況に合わせて、無理のないところから始めればいいと思うんです。いわば「双方向のジョブクラフティング」です。

まとめ:どこから手をつけるか、一緒に考えたい

というわけで、今日は外国籍社員の離職から始まって、研究室にも共通する「期待のズレ」の構造まで、歩きながら考えてみました。5、6年ずっと相談が来続けるテーマだということは、簡単な答えがない、ということでもあると思います。どの対話の場に、どうやって共通言語を組み込んでいくのか。組織ごとに状況が違うので、正解を配るというより、一緒に考えていくしかない領域だと思っています。もし「うちでもちょっと考えてみたい」という方がいらっしゃったら、ホフステード・インサイツ・ジャパンまで、お気軽にご連絡ください。

この記事を読んで「うちでも似たことが起きているな」と思った方は、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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