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ブログ歩きながら考える

2026.7.30

京都の夏にルーティンを壊されて分かった話 – 歩きながら考える vol.341

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、無意識化していたルーティンが崩れた時に見えたものについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日も移動時間を使って、最近考えていることを話してみようと思います。とはいえ、実は今日の話は「その移動時間が変わってしまった」という話でもあるんです。無意識にやっていたルーティンが、外部要因——私の場合は天気なんですけど——で崩れてしまった時に思ったこと。図らずも自分の生活でナチュラル・エクスペリメント(自然実験)が走ってしまった、そんな話です。

電動自転車をやめたら走りが戻ってきた

まず前提の話から。私は一昨年から電動自転車を導入していました。京都は平坦な街なので自転車があれば大体どこでも二、三十分で行けるし、電動なら漕がなくていい。すごく気に入って使っていたんです。

ところが、です。私は趣味でマラソンをやっていて、アプリでVO2Max(有酸素運動能力の指標)の値をよく見ているんですが、去年の三月をピークに、この値が見事に右肩下がりになっていました。実際、今年二月の京都マラソンは三十キロで足が終わってしまって、散々な走りでした。一番の原因は電動自転車だろうと思っています。ランニングの練習は週二、三回続けていたものの、日常の中で歩くことによる「底上げ」がごっそり消えていたんですね。

そこで今年に入って電動自転車通勤をやめ、朝の作業場までの片道三十分を歩くことにしました。すると三月から、VO2Maxの値がまた見事に右肩上がりで回復してきた。今は体感的にも、走るのが楽になってきた実感があります。

——と、ここまでは、数値があったから気づけて、対策も打てた話です。本当に怖かったのは、ここからでした。

京都の夏が壊した、もう一つのルーティン

この夏、困ったことが起きました。京都の夏です。京都に住んで六年目くらいになりますが、「こんなに暑かったっけ?」というくらい暑い。朝でもこの中を三十分歩くと体への負担が大きすぎて、その後の仕事に響くのが明らかなんですね。それで徒歩をやめてバスにしたところ、案の定、VO2Maxの値は頭打ちになってきました。

ただ、本当に困ったのはそこじゃなかったんです。

実は朝の三十分、私は歩きながらずっとAIと話していました。その日のタスクを確認して、どういう順番で何をやるかを声に出して整理する。いわば声に出すプランニングですね。これをやると、作業場に着いた瞬間にはやることが分かっていて、頭の状態も整っている。すごくいい感じで仕事に入れていたんです。

歩かなくなると、このAIとの対話も自動的に消えました。すると途端に調子が悪い。作業場は同じなのに、バスで着いて「さあ始めよう」と思っても、頭が動かない時間がどうしても出てしまう。ついでに言うと、このブログの元になる音声メモも移動中に録っていたので、それも一緒に難しくなりました。

つまり「歩く」という一つの行動に、運動と、プランニングと、ブログの録音と、三つの機能が乗っかっていたんですね。だから崩れる時は全部一緒に崩れる。そして厄介なのは、代わりを探すのがすごく難しいこと。「バスの中でAIと話せばいいのでは」と思われるかもしれませんが、私にとっては「歩く」「声に出す」「一人になる」が揃って初めてあの頭の整い方になるようで、一つの代替行動で三つの機能を回収するのは、そう簡単ではないんです。

測れるものより、測れないものが怖い

この自然実験で一番怖いと思ったのは、実は測れる方ではなく、測れない方でした。

VO2Maxの低下は、グラフが教えてくれました。だから「まずい、対策しよう」と手が打てた。でも、朝三十分の声に出すプランニングの価値は、どこにも数値化されていなかった。だからその価値は、失ったあとに「なんか頭が動かない」という漠然とした不調の形でしか、教えてもらえなかったんです。

ルーティンの価値は、崩れた時に初めて可視化される。そして測られていないものほど、失ったことにすら気づけない。もし夏の暑さという強制的な中断がなければ、私はこのルーティンの価値を一生自覚しないままだったかもしれません。

みなさんの「なぜか最近調子が悪い」の正体も、案外こういう、測られていないルーティンの喪失だったりしないでしょうか。

子供の「最適」は測定の網にかかっていない

で、この「測れないものは見落とされる」という話を人生の最初期に当てはめると、ちょっと考えさせられるんです。

大人の私ですら、VO2Maxという指標があったから徒歩の価値に気づけた。では子供はどうか。子供に用意されている定量指標って、実はテストの点数とか、本当に限られたものしかないんですよね。「この子は歩きながらだと考えが整理される」「声に出すと頭が回る」「一人の時間があると調子がいい」——そういう、その子のパフォーマンスを実は支えている要素は、測定の網に一切かからないまま見落とされていく。多くの人が、自分にとっての「実はここが最適だった」を、子供時代に一度も可視化されないまま大人になっているのではないかと思うんです。

私の場合は「歩く」「声に出す」「一人の時間」の組み合わせが自分に合っていると、この歳になってようやく実感を持って分かってきました。でもこれは性格によって人それぞれ違うはずです。だからこそ、周囲の大人が子供の個性を観察して、合いそうな活動をそっと試させてみる——そういうナッジができる洞察力のある大人が近くにいる子は、ラッキーだと思います。自分のことは、大人でも案外自分では分からないのですから。

というわけで、今日はルーティンが崩れた話から、測れないものの怖さ、そして子供時代の話まで、考えてみました。この記事が面白いと思ったら、いいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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