YASUSHI WATANABE.COM

日本語 ENGLISH

Blog

ブログ歩きながら考える

2026.7.27

AI時代の「夏休みの宿題」のあり方 – 歩きながら考える vol.338

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AI時代の夏休みの宿題のありかたについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日も歩きながら、最近考えていることを話してみようと思います。学校はもう夏休みだと思いますが、夏休みといえば宿題。で、今年の宿題をめぐる話題といえば、やっぱりAIなんですよね。日経新聞の7月17日付の記事で、「夏休みの宿題をAIに丸投げさせない」ための各社の取り組みが紹介されていて、これを読んで色々考えちゃったので、今日はその話をしてみます。

「丸投げ」は防げるのか

記事によると、GoogleのGeminiには「ガイド付き学習」というモードがあって、これをオンにすると、正解を直接教えるのではなく、ヒントを出しながら一緒に考えてくれるそうです。ChatGPTにも2025年から「学習モード」が追加されているとのこと。東京都の調査では、家庭学習で生成AIを使った経験のある児童・生徒は38%と、前年度の約17%から倍増しているそうで、各社が対応を急ぐのも分かります。一方で、ノルウェーは小学校でのAI使用をほぼ禁止する方針だとか。

整理すると、対応は大きく三つに分けられると思います。①アクセスを制限する、②教育用AIを用意する、③宿題の位置づけ自体を変える、の三つです。

①や②は当面必要な対策なのかもしれませんが、「丸投げ」的なAIの使い方を①や②だけで完全に防げるかというと、難しいんじゃないかと思うんですよね。子どもが別のAIを使ったり、親のパソコンを使ったりする抜け道はいくらでもありそうです。だから私は、長期的には③の方向、つまり宿題のあり方そのものを見直す方向に進まざるを得ないんじゃないかと思っています。

宿題は、AIが来る前から壊れていた

というのも、ちょっと立ち止まって考えてみると、読書感想文やドリルという「成果物」を提出させて評価するやり方って、AIが登場する前から限界があったと思うんです。親がかなり手伝っているケースもあったし、お金を払って代行サービスを使うケースだってあった。紙に書かれたものが本当にその子の力を示しているのかは、以前から怪しかったと思いますよね。

つまり、AIは宿題を壊したのではなく、もともとあった問題を誰の目にも分かる形にしたんじゃないか。私はそう思っています。

部活の自主トレに置き換えると分かりやすいかもしれません。夏休みにどれだけ練習したかを示すために立派なトレーニングレポートを提出したとしても、それ自体が目的ではないですよね。でも多くの夏休みの宿題が求めているのはそんなようなもの。

本当の成果は、新学期に集まったときに、足が速くなっていたり、前より上手にプレーできるようになっていたりすることです。宿題も同じで、本来の目的は紙を埋めることではなく、その子自身の能力や理解を高めることにある。ただ、本人の変化を直接測るのは難しいから、便宜上「紙の成果物」を間に置いて評価してきたんだと思います。

成果が表れるまでには、時間がかかる

「だったら夏休み明けにテストをして、力が付いたかどうかを直接確認すればいい」と思うかもしれませんが、それも少し違う気がしています。

トレーニングなら、走るタイムが縮まったという形で成果が出ることもあります。でも、本を読んで感じたこと、AIとのやりとりで気づいたこと、うまくいかなかった試行錯誤。そういう学びの多くは、一か月やそこらで目に見える変化として表れるとは限らないんですよね。休み明けの時点で変化が見えないからといって、その子が何も学ばなかったことにはならない。

だとすると、休み明けの「結果」だけを見る評価では、夏の間に起きていた大事なことを取りこぼしてしまう。見るべきなのはむしろ、その子が夏の間に何を試し、何に気づいたかというプロセスの方なんじゃないかと思うんです。

例えば読書なら、分からない言葉をAIに質問した、登場人物の行動についてAIと議論した、AIの解釈に違和感を持って反論した、という過程がありますよね。最初は単に「面白かった」と思っていたけど、AIとの対話を通じて別の見方に気づいた、という変化もあるでしょう。こうした過程にこそ、その子の学びが表れていると思うんです。

「もう一人のAI」に学びを見守らせる

ただ、じゃあプロセスをどう見るのか。AIとの対話履歴を全部提出させればいい、という話でもないと思うんです。大量の記録を子どもに義務づければ、それ自体が新しい面倒な宿題になる。しかも、子どもが提出用の記録をAIに作らせることだってできてしまう。本人に記録させる限り、負担の問題と偽装の問題からは逃れられません。

だったら、記録の役割を本人から切り離してしまえばいいんじゃないか。ここまで考えてきて思いついたんですが、「AIの使い方をメンタリングするAI」を付ければいいんじゃないか、という気がしています。子どもがどうやってAIを使っているか、何を学んだか、どんな気づきがあったか。何をしているときに楽しそうにしていて、どんなことなら勉強が好きになりそうか。そういうことを見守るAIを、答えを聞いたり宿題を手伝ってもらったりするAIとは別に立てて、プロセスの記録と助言をさせる。横にメンターのお兄さん・お姉さんが居るようなものですよね。

そうすれば、記録は不正を見抜くための「証拠」ではなく、本人と先生が学び方を振り返るための「材料」になります。先生はモニターAIがまとめた記録を見ながら、「ここは自分の頭で考えたんだね」「この質問の仕方は良かったね」とフィードバックする。

大切なのは、子どもがAIを使わなかった証拠を集めることではなくて、AIを使った結果としてその子自身に何が残ったのかを見ることだと思うんですよね。

というわけで、今日は夏休みの宿題とAIの話を歩きながら考えてみました。AIの登場は、宿題を壊したというより、以前から形骸化していた仕組みを作り直す機会を与えてくれたんじゃないでしょうか。夏休みの宿題を、完成品を提出する作業から、自分に合った学び方を試す機会へ。みなさんはどう思いますか?

この記事が面白いと思ったら、いいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

関連ブログ Related Blog

AIが描く教育の理想と「30%」の現実 – 歩きながら考える vol.240

ブログ歩きながら考える

2026.3.4

AIが描く教育の理想と「30%」の現実 – 歩きながら考える vol.240

今日のテーマは、AIが教育をどう変えるか、そしてなぜそれが思ったほど進まないのか、について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだ... more

マークシートの入試ってAIでアップデート出来ないの? – 歩きながら考える vol.6

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)歩きながら考える

2025.3.17

マークシートの入試ってAIでアップデート出来ないの? – 歩きながら考える vol.6

このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思い... more

AIはプログラマーを賢くするか、愚かにするか? – 歩きながら考える vol.196

ブログ歩きながら考える

2025.12.25

AIはプログラマーを賢くするか、愚かにするか? – 歩きながら考える vol.196

今日のテーマは、AIとプログラマーの能力開発について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題を... more