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今日のテーマは、AI上司の仕事は「攻略できるゲーム」になるのかについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日も歩きながら、最近考えていることを話してみようと思います。昨日の記事では、アルゴリズムに管理されて働くことが、日本のデータではむしろ仕事の自律性や幸福感につながっていた、という話をしました。直感と逆の結果ですよね。で、今日はその続きとして、「なぜそんなことが起きるのか」についての一つの仮説を、ゆるく話してみたいと思います。キーワードはゲームです。
AIによる管理は、なぜ息苦しいと思われているのか
まず、おさらいから。アルゴリズミック・マネジメントというのは、AIやソフトウェアが、仕事の割り振りや細かな指示出し、進捗のモニタリング、成果の評価といった、これまで人間の上司が担ってきた管理を行う仕組みのことです。この分野の研究では、こうした管理は働く人の自律性を損ない、幸福感に対してネガティブに働く、という話をよく見かけます。もちろん研究はまだそれほど多くありませんし、中国の研究などではポジティブな可能性も報告されているんですが、一般的なイメージとしては「アルゴリズムに管理されるのは息苦しい」という理解が強いように思います。
それは、ある意味では当然なんですよね。だって、同じことを人間の上司がやったら、かなり強いマイクロマネジメントじゃないですか。次に何をするかを指示され、途中経過を常に確認され、最後には点数までつけられる。自分で決められる余地がなくなり、主体性を奪われると感じても不思議ではありません。
でも、昨日紹介したように、日本のデータではむしろ自律性を感じる方向に働いていた。この矛盾をどう考えればいいのか。

構造だけ見れば、ゲームも相当なマイクロマネジメント
ここで少し見方を変えてみると、この仕組み、実はゲームにもよく似ているんですよね。
ゲームにも、達成すべきミッションがあり、細かなルールがあり、進捗が表示され、結果に応じて得点や報酬が与えられます。構造だけを見れば、ゲームも相当に細かくプレイヤーの行動を制限している。それでも、ゲームをしている人は、自分がマイクロマネジメントされているとはあまり感じません。むしろ、自分の判断でプレイしていると感じますよね。
私自身はファミコン世代なので、決められたルールの中で攻略法を探すことには、かなり慣れ親しんできました。この敵にはどの武器が効くのか。どの順番で進めれば効率がいいのか。正攻法で進むのか、裏技を探すのか。ルールは自分では決められないけど、そのルールを理解し、利用し、自分なりの最適解を見つけるところに面白さがある。
そう考えると、ルールや細かい規則があるからといって、自律性が失われるとは限らないのかもしれません。自律性の核心は、ルールの有無ではなくて、そのルールの中で自分なりの戦略を選び、試行錯誤できるかどうかにある。昨日のデータで見えた「管理されているのに自律性を感じる」という逆説の背景には、もしかしたらこういう心理があるんじゃないかと思うんです。

「管理される」ではなく「攻略する」というフレーミング
例えば、フードデリバリーの仕事では、アプリから仕事が提示され、配達の時間や移動経路が記録され、顧客から評価されます。これを一方的な管理と捉えれば、常に監視される息苦しい仕事です。
でも、配達員が「これはそういうルールのゲームだ」と捉えたら、意味が変わる可能性がある。どの時間帯に働けば単価が上がるのか。どの地域で待てば注文を取りやすいのか。どの案件を受け、どの案件を避けるのか。アルゴリズムの特徴を理解し、その中で自分にとって最も有利な動き方を考えることは、ゲームの攻略に近い活動になります。
ポイントは、企業がゲームとして設計したかどうかではないんです。働く人自身が、その管理システムを攻略対象として見た瞬間に、それは「管理」から「ゲーム」に変わる。「自分は管理されている」と考えるのではなく、「このシステムのルールを読んで、自分なりに攻略している」と考える。このフレーミングの違いによって、同じアルゴリズムでも、自律性や幸福感への影響が変わるのではないでしょうか。
ゲームとして捉えられると、いくつかの心理的な変化が起こりそうです。まず、目標が明確になる。何をすれば評価されるのかが分かれば、曖昧な期待を推測しなくて済みます。また、自分の行動に対するフィードバックがすぐに返ってくれば、試行錯誤によって上達できる。最初はうまくいかなかったシステムを理解し、効率よく成果を出せるようになれば、「このゲームを自分は攻略できる」という熟達感も得られます。
さらに、昨日も書いたように、AIが相手なら失敗を人格評価から切り離しやすい。「仕事が遅い人だと思われた」ではなく、「今回は戦略が悪かった、次は違うやり方を試そう」と割り切れる。その分、人間の上司よりも、AI上司のほうがゲームとして捉えやすいかもしれません。

攻略できるゲームか、勝てないゲームか
今は、AIをいかに道具として使うか、AIエージェントをいかに部下として働かせるか、という話が中心です。でも、企業にとってAIによる管理のほうが安く、効率的で、結果も安定するのであれば、いずれはAIが上司になる方向にも進むでしょう。そのとき、AI上司の下で働くことを息苦しい監視と感じる人もいれば、人間関係に振り回されず、ルールの明確なゲームを攻略するように働けるほうが楽だと感じる人もいるはずです。
そしてもう一つ、見落とされがちなゲームの条件があると思っています。やめたければ、やめられることです。ゲームって、飽きたらコントローラーを置けるじゃないですか。降りる自由があるからこそ、プレイし続けることが自分の選択になる。
そう考えると、日本の普通の会社の仕事がゲームに見えにくい理由も分かる気がします。流動性が低くて、やめたいときにやめられないからです。退職代行サービスが成立するくらいですから。
同じように管理されていても、降りられない仕事は「やらされているもの」にしか見えない。逆に、ギグワークはいつでも降りられる。だから、アルゴリズムに細かく管理されていても、「自分で選んでプレイしているゲーム」に見えやすい。日本のデータで自律性が高く出た背景には、この「降りられる管理」という性質もあるのかもしれません。
ただし、ゲームとして楽しいからといって、その仕事が公正だとは限らない。ゲーム性は仕事に主体性や面白さを与える一方で、働く人を自発的な過剰労働へ向かわせる装置にもなります。
アルゴリズムに管理されることで、人は幸福になれるのか。その答えは、そのシステムが、自分なりの戦略を試せる「攻略可能なゲーム」なのか、それとも運営側だけがルールを知る「勝てないゲーム」なのか。AI上司の下で働く人の幸福を決めるのは、案外、そんな違いなのかもしれません。
というわけで、今日は昨日の続きとして、AI上司の仕事は「攻略できるゲーム」になるのか、歩きながら考えてみました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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