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ブログ歩きながら考える

2026.7.23

AI上司のほうが気楽かもしれないと結構真面目に考えている話 – 歩きながら考える vol.336

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIに管理されることと自由について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日も歩きながら話してみようと思います。実は今、アルゴリズミック・マネジメント、つまりアルゴリズムによる管理について、新しい調査を始めようとしているんです。その準備をしながら色々考えていることがあるので、今日はそれをゆるく共有してみます。

AIに管理されるのはマイクロマネジメントなのか

アルゴリズミック・マネジメントというのは、ソフトウェアやAIが仕事を割り振ったり、進捗を確認したり、成果を評価したりする仕組みのことです。典型的なのはフードデリバリーみたいなプラットフォームで、アプリから次の仕事が送られてきて、どれくらいの時間で完了したかが記録され、それが次の仕事の配分や評価に反映される、というような仕組みですね。

こう聞くと、多くの人は「それってマイクロマネジメントじゃないの?」と感じると思うんです。人間の上司に細かく進捗を確認されるだけでも息苦しいのに、それをソフトウェアに常時監視される。自分で仕事を決める余地が減って、主体性や自律性が損なわれる。そう考えるのが自然ですよね。

実際、英語で書かれた研究では、アルゴリズムによる管理は仕事の自律性を低下させる、という議論をよく見ます。

日本のデータで出た「逆」の結果

ところが、です。昨年、私が日本で収集したデータを分析したところ、それとは逆の結果が出ました。アルゴリズミック・マネジメントを強く認知している人ほど、仕事の自律性を高く感じていたんです。しかも、その自律性が仕事の意味感につながり、さらに幸福感と関連している、という媒介関係も見られました。

もちろん、これは一時点の調査データなので、アルゴリズムによる管理が自律性を高めた、と因果的に断定できるわけではありません。それでも、既存研究とはかなり逆方向の結果です。で、なぜこうなるのか。実は私自身、以前から「AIに管理されることは、本当にそれほど人間の自律性を損なうのだろうか?」という疑問を持っていたんですよね。

理由の一つ目は、認知的負担の問題。そもそも、何でも自分で決められることが、常に自由だとは限らないじゃないですか。仕事の順番を考え、締め切りを管理し、進捗を確認しながら、実際の作業内容についても考える。こうした自己管理には、かなりの認知的リソースが必要です。もしアルゴリズムが「次に何をすべきか」を提示して、進捗を記録して、適切なタイミングでリマインドしてくれるなら、その部分は外部に任せられる。自分はスケジュール管理ではなく、仕事の中身そのものに集中できる。この場合、アルゴリズムは自分を統制する管理者というより、認知的負担を引き受けてくれる補助装置になります。

もう一つの理由は、評価懸念の問題。人間の上司から「進捗どうなってる?」と聞かれたとき、私たちは単に情報を報告しているだけじゃないですよね。遅れていれば、「仕事のできない人だと思われるんじゃないか」「やる気がないと評価されるんじゃないか」と考えてしまう。人間による進捗管理には、常にこうした評価懸念が付きまといます。一方、AIやソフトウェアが相手なら、少なくとも「個人的に嫌われた」「上司の機嫌を損ねた」と考える必要はありません。AIが実際に公平かどうかは別の問題です。でも、「個人的な感情で評価されない」と思えること自体が、評価懸念の強い人にとっては心理的な自由につながる可能性があるわけです。

「何と比較するか」で意味が変わる

じゃあ、なぜ欧米を中心とした研究では、アルゴリズムによる管理が自律性を奪う、という結果が多いのか。私は、ここに文化的な背景が関係しているんじゃないかと考えています。

人間関係や労働市場の流動性が高くて、「今の上司と合わなければ別の職場に移ればいい」と考えやすい環境では、人間の上司との関係そのものは大きな制約ではないのかもしれない。そこで比較されるのは、「自分で自由に仕事を決められる状態」と「アルゴリズムに細かく管理される状態」という要素が強くなる。それなら、AIによる管理は単なる不自由に見えるでしょう。

でも、人間関係の流動性が低くて、一度できた職場の関係や評判から簡単には退出できない環境では、比較対象が違ってきます。比較されるのは、「自由に働くこと」と「AIに管理されること」ではなくて、「評価権限を持った人間の上司に管理されること」と「一定のルールで動くAIに管理されること」になるかもしれない

その比較なら、何を考えているか分からない上司の下で働くより、AIに管理されたほうが公平で気楽だと感じる人がいても、不思議じゃないですよね。同じアルゴリズムでも、何と比較するかによって、その意味が変わるわけです。

支援にも統制にもなる

もちろん、アルゴリズムによる管理を無条件に肯定したいわけではありません。評価基準が不透明で、間違っても異議を申し立てられず、すべての行動が記録されて将来の仕事の配分に使われるなら、人間の上司以上に息苦しい管理になり得ます。人間は忘れてくれることがありますが、ソフトウェアは記録を残し続けますね。

だから重要なのは、同じアルゴリズムでも支援にも統制にもなるという認識のもとに、文化に応じたAIによるマネジメントを設計することだと思います。そして、そう考えると面白いことに気づきます。「AIに管理される」と言いますが、そのAIがどう管理するかを決めているのは、設計した人間の思想なんですよね。AIか人間か、という話から始めましたが、結局、私たちはAIの向こう側にいる人間の思想に管理されている、とも言えるのかもしれません。

というわけで、今日は「AIに管理されるほうが自由なのか」について、歩きながら考えてみました。この記事が面白いと思ったら、いいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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