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ブログ歩きながら考える

2026.7.13

AI時代に、若手はどうやって仕事に潜り込むのか – 歩きながら考える vol.329

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIと若手の仕事について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。先日、大学で講義をしてきたんですが、途中でふと見ると、寝ている学生がいたんですよね。まあ、私の話がつまらなかったという可能性も大いにあるわけですが(笑)、帰り道に考えているうちに、なんとも言えない違和感が残りました。

というのも、ちょうど同じ頃に日経新聞の記事を読んでいたんです。「AI時代の外資金融サバイバル術」という記事で、外資系金融の若手が、「入社1〜3年目のアナリストの仕事はAIに代替されそうだ」という危機感の中で、どうやって人間としての付加価値を出すかを考え始めている、という内容でした。

若者の仕事がAIに奪われるという話が、これだけ現実味を帯びて議論されている。その一方で、教室では学生がすやすや眠っている。この落差は、なんと牧歌的なのだろうと。でも歩きながら考えているうちに、この二つの光景は、実は同じ一つの問題の表と裏なんじゃないかと思えてきました。今日はその話をしてみようと思います。

若手の仕事は「ボタンつけ」だった

昔の仕立屋の見習いは、ボタンつけから修行を始めたそうです。教育学の分野では、レイヴとウェンガーという研究者たちが仕立屋の徒弟制を調べていて、新入りはボタンつけや裾の始末のような周辺的な作業から入り、誰かに体系立てて教えられるわけでもないのに、いつの間にかほぼ例外なく一人前の職人になっていく、という議論をしています。

ここで大事なのは、ボタンつけが「練習」ではなかったことだと思うんですよね。ボタンを付けなければ、服は完成しない。つまり、単純だけど本物の生産工程の一部だった。

外銀のアナリストがやってきた財務分析も、日本の会社員のコピー取りや議事録づくりも、構造は同じじゃないかと思います。単純ではあるが本物の仕事。誰も「教育のため」にやらせていたわけではなくて、仕事として必要だから若手に回ってきた。そして、その副産物として、人は追加の教育コストを払うというより仕事のプロセスの中で育っていたわけです。

練習試合では、人は育たない

サッカーの世界でよく、練習試合ばかりでは選手は育たない、実戦に出ないと鍛えられない、と言われますよね。これ、難易度の問題ではないと思うんです。きついメニューを組むだけなら、練習でもできる。

違いは、結果のリアリティだと思います。実戦では、自分のミスが順位を変え、チームメイトやファンをがっかりさせる。身体はそれを知っている。逆に言えば、「これは本物ではない」「失敗しても誰も困らない」と身体が判定した瞬間に、学びの質はがくっと落ちるのではないか。

冒頭の、講義中に寝ていた学生の話に戻ると、あれは怠惰というより、身体の正直な反応だったのかもしれません。教室というのは、そもそも「失敗しても致命的なことにはならない」ように設計された空間なわけですから。

人を育てるのは、失敗したら誰かが困る場所での、本物の仕事。ボタンつけは、まさにそれでした。

AIは、失敗しない若手である

で、AIは今、この「ボタンつけ」を回収しつつあります。資料の整理、データの打ち込み、定型的な分析。若手が最初に任されてきた「単純だけど本物」の仕事から、AIは置き換えていく。

AIは、失敗しない若手です。少なくとも、ミスの期待値は新人よりも低い。そうすると、あえて若手を実戦に出して、失敗の尻拭いを引き受ける理由が、組織から静かに消えていく。

AIは若手の仕事を奪うのではなく、若手が実戦で失敗する機会を奪う。ここが一番怖いところだと私は思います。冒頭の記事で言われていた「AIに代替されない付加価値」は、実戦での失敗の蓄積からしか生まれないからです。

まとめ:牧歌的な教室は、実は最前線かもしれない

じゃあ、どうするか。

よく「若いうちに何かに特化して、武器を持て」と言われます。でも、これは相当に難しいことだと思うんですよね。何が自分の武器になるかは、本物の仕事にぶつかって、失敗して、初めて見えてくる。特化は入口の条件ではなくて、入った結果です。

だとすると、必要なのは入口そのもの。かつては分業の仕組みが「ボタンつけ」という入口を自然に用意してくれていました。それが消えていくのなら、今度は誰かが意図して作り直すしかない。企業がやるのか、本人が探すのか。誰がそのコストを払うのか。正直、簡単に答えが出る話ではないと思っています。

ただ、ここで冒頭の教室の話に戻ってくるんです。「失敗しても致命的にならない」空間である学校は、もしかすると、これから位置付けが大きく変わるのかもしれない。知識を教える場所から、本物の仕事に触れて失敗する場所へ。企業から本物の仕事の入口が消えていくのだとしたら、その入口を用意する役割は、案外、学校に回ってくるんじゃないか。あの牧歌的に見えた教室は、実はこの問題の最前線なのかもしれません。この話は、また別の回でじっくり考えてみたいと思います。

というわけで、今日は寝ていた学生の話から始まって、ボタンつけと失敗の話まで、歩きながら考えてみました。みなさんの職場では、新人にどんな「本物の仕事」を渡しているでしょうか。もし「うちではこんな入口を作っている」という話があったら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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