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今日のテーマは、職場の幸福度を上げるには何から手をつけるといいのか、という話について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日はお昼の移動時間を使って、最近考えていることを話してみようと思います。テーマは職場の幸福度なんですけど、先に言っちゃうと、私がいま個人的にいちばん手応えを感じている一手は「トレーニングウェアで出社する」ことなんですよ。え、そこ?って感じですよね。でも、やってみると意外と理屈が通っているんです。歩きながら、ゆるく話してみます。
効く施策ほど、重くて動かせない
職場の幸福度、いわゆるウェルビーイングを上げる施策って、いろいろあるじゃないですか。私も自治体や企業のウェルビーイング調査に関わっているので、日々そういう話を考えるんですけど、大きなところで言うと、仕事の内容そのもの、つまりやりがいや裁量。それから報酬や処遇。あとは職場の人間関係。このあたりが幸福度に効く「本丸」であることは、まず間違いないと思います。
ただ、ここでひとつ気づくことがあって。この本丸って、どれも自分ひとりでは動かせないんですよね。仕事の内容を変えるには配置転換や上司との交渉がいるし、報酬は制度の話だし、人間関係は相手あってのこと。つまり、効きそうなものほど重くて、動かすのに時間がかかる。逆に、自分の意思だけで今日から動かせるものは、「そんな小さなこと?」と見過ごされがちです。今日の話は、この非対称の話なんです。効くけど動かせない本丸と、小さいけど今日から回せる一手。で、その一手が、私の場合は「服」だったという話です。

で、なんでトレーニングウェアなのか
きっかけは、めちゃくちゃ実利的な話です。最近、仕事に行くときも外で作業するときも、普段着をトレーニングウェアにしたんですね。理由は単純で、ジムに行くときに着替えなくていいから。
私のジムの滞在時間はすごく短くて、2、30分です。3種目やったらもう出る、と決めている。それ以上やると疲れて仕事に支障が出るし、汗をかくと気持ち悪いので、意図的に絞っているんです。その代わり、お昼のあとに1回、帰り際に1回、と1日2回行ったりする。そうなると、いちいち着替える10分がもったいないし、荷物も増える。だったらもう最初からトレーニングウェアでいいや、と。
これだけだと、ただの効率化の話です。でも、しばらく続けてみて気づいたのは、これが効率だけじゃなくて、どうも幸福度にも効いているらしい、ということでした。そしてこれは、感覚論ではなくて、理屈で説明がつくんです。

身体は、努力が「数字で返ってくる」唯一に近い領域
ここで出てくるのが、自己決定理論という考え方です。人には、自律性(自分の意思で選んで行動したい)、有能感(自分には力があると感じたい)、関係性(他者とつながりたい)という3つの基本的な欲求があって、これらが満たされると内発的なやる気や幸福度が高まる、という理論です。
身体を鍛えることって、この理論にドンピシャなんですよね。まず、トレーニングは誰にも強制されない、純粋に自律的な行動です。やらなくても誰にも怒られない。でも自分の意思でやる。
そしてもうひとつ、私が大事だと思っているのが、身体は成果が数値化されやすいということです。体重、筋肉量、タイム。努力の結果が、目に見える数字ですぐ返ってくる。有能感って本来つかみどころのない感覚なんですが、身体においてはいちばんクリアに手に入る。数年前からの筋トレブームも、たぶんここに理由があるんじゃないかと思っています。
ここで、さっきの本丸の話とつながります。仕事の内容も、報酬も、人間関係も、他人や組織が絡むぶん、自分の思い通りにはならない。頑張っても結果が返ってくるとは限らないし、返ってくるとしても時間がかかる。それに対して、身体だけは完全に自分のコントロール下にあって、フィードバックが即、数字で返ってくる。自律性と有能感を同時に、しかも確実に満たせる領域って、実は身体くらいしかないんじゃないか、とすら思うんです。
しかも、幸福度と仕事のパフォーマンスの関係を分析していくと、「成果が出るから幸福になる」よりも、「幸福だから成果が上がる」という向きの因果のほうが強い、という研究があります。私が取ったデータでも、やはりそういう因果関係になっている。だとすると、身体という小さな実験場で「自分は自律的に動いて、自分を良い方向に変えられる」という感覚を掴むことが、幸福感につながり、パフォーマンスにつながり、それがまた幸福感に返ってくる。正のサイクルの、いちばん最初の小さなきっかけになり得るわけです。

本丸が動くのを待つあいだに
もちろん、仕事の内容や報酬や人間関係という本丸を変えていくことは大事です。それは大前提。ただ、それが動くのを待つあいだにも、自分の意思だけで回せる小さなサイクルはあって、その最小単位が、案外「着る服」なのかもしれない、というのが今日の話でした。
ひとつだけ付け加えると、これは「全員トレーニングウェアで来い」という組織のルールにした瞬間に、台無しになります。強制された途端、それは自律的な選択ではなくなって、この話の核である「自分の意思で」が壊れてしまうので。組織にできるのは、そういう格好で来ても浮かない空気、つまり服装の自由という余白を用意するところまで。そこから先を選ぶのは、あくまで個人です。
こう考えてくると、幸福度の話って、制度や研修のような大きな仕掛けの話であると同時に、「自分ひとりで回せる最小のサイクルをどこに見つけるか」という、ずいぶん小さくて個人的な話でもあるんですよね。私にとってそれは身体であり、その入口は服でした。この「最小単位から働きかける」という発想、職場の幸福度に限らず、組織や社会を考えるときの面白い補助線になる気がしていて、もう少し追いかけてみようと思っています。
というわけで、今日は職場の幸福度を上げるいちばん小さな一手について、歩きながら考えてみました。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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