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今日のテーマは、ワールドカップ敗退から考える「育成」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は歩きながら、ちょっと引きずっていることを話そうと思います。ワールドカップ、終わってしまいましたね。私自身、まだ喪失感を引きずっていて、正直この原稿を書いている今も、あの試合のことがずるずると尾を引いています。歩きながら、少し整理してみようと思います。
敗戦の悔しさと、30年という時間軸
日本は決勝トーナメント1回戦、ベスト16をかけた一戦で、ブラジルに1-2で敗れました。佐野海舟選手のゴールで先制しながら、後半に追いつかれ、アディショナルタイムに勝ち越し点を許すという、なんとも悔しい逆転負けでした。先制していただけに、喪失感もひとしおです。
もちろん、あの試合の采配がどうだった、あの選手がどうだった、という試合単位の振り返りもやる必要があるんですが、ここでは、「育成」という視点からこの敗戦を眺めてみたい。
というのも、この2、30年の日本代表を振り返ると、強いチームを作るというのは、そのチームだけの話じゃないなと思うんです。もっと体系的な、システム全体の話なんじゃないか、と。
ワールドカップのピッチに立てるのは11人、ベンチを含めても26人です。でも、この26人の背後には、100人、200人という代表候補の大きな層がいる。その候補たちはプロ選手全体の中から選ばれていて、そのプロ選手たちは、さらに大きなサッカー人口の中に浮かんでいる。つまり、このピラミッドの底面積が、最終的にピッチに立つ11人の質を決めているわけです。

「点」で見ると退屈な試合が、「線」で見るとドラマになる
ここで、私自身の体験を少し。
私がJリーグを見始めたのは2018年頃で、当時は東京にいたので、地元のJ2のチームを応援していました。正直に言うと、J2って、J1に比べれば観客数もぐっと少ないし、SNSでも「そんなの見てる人いるの?」という空気があります。
でも、5年くらいのスパンで見続けていると、面白いことが起きるんです。自分のチームに最初に来たときはまだ荒削りだった若手が、ぐんぐん成長して、やがて代表チームまで駆け上がっていく。そういう例が、本当に目の前で見られる。
自分のチームの選手だけではありません。かつて対戦相手として「なんて体の強い選手だ」と目の前で驚かされた選手が、今回の代表チームでも、最後にピッチに立ってプレーしていました。北九州でのアウェイ戦、目の前でゴールを決められて呆然としたのを、今でも覚えています。その選手が、J3から北九州、そして海外へと階段を駆け上がっていった——そういう物語を、「線」として知っている。これは、なかなか味わい深いものです。
サッカー選手って成長が早くて、ピークが来るのも早い。キャリアが普通の仕事より短いぶん、その短い時間の中で劇的に変わっていくんですね。週末の1試合を「点」で見たら、そんなに面白くないかもしれない。でも、時系列で「線」として追いかけると、才能が開花していく物語が見えてくる。この面白さは、勝ち負けとはまた別の次元にあります。
中間層は「支えられる」だけでなく「エンタメとして自立」している
さて、ここからが今日一番考えたかったところです。
観客の少ないJ2やJFL、各地域のアマチュアリーグが、なぜ存続できているのか。私は、上からの補助や強化予算だけが理由ではないと思うんです。それ自体が、独自のローカルなエンタメとして成立しているからじゃないか、と。
各チームには、専属の情報を届けてくれる小さなメディアがある。そのチームをずっと見てきた批評家のような人を中心に、SNS上に小さなコミュニティができている。規模はそれぞれ小さくても、かなり独自性の強い、ローカルなエンタメとしてちゃんと機能している。そして、それが各地域のファン層を形づくり、そのファン層が、トップリーグにつながる2部、3部、さらにその下のJFLやアマチュアリーグを支えている。
つまり、こういうことです。中間層の持続可能性は「エンタメとしての自立」によって担保され、その自立した中間層が、育成の仕組みを回している。「裾野を広げよう」とかけ声をかけるだけでは足りなくて、その裾野が自分で回り続けられるエコシステムになっているかどうかが肝心なんですね。日本サッカーが過去30年かけて少しずつ積み上げてきたのは、まさにこの部分だと思います。これは紛れもない事実だな、と。

研究者育成にも、同じ構造があるといい
で、私は今、半分は研究の領域に身を置いているので、どうしてもこの話を自分の分野に引きつけて考えてしまいます。トップレベルの研究者を生み出すことも、実は同じ構造なんじゃないか、と。
トップの大学にお金を集中的に渡せば一流の研究者が育つ——そういう話では、まったくない。そこにつながる初等教育からの拡充、そして「学んで成長していくと、どのリーグでどんなプレイヤーになり、どんな社会的立場につながるのか」という道筋(パス)が見えることが、すごく大事なんじゃないかと思うんです。
理想を言えば、こういう状態だと思います。小学校、中学校、高校、それぞれの地域、それぞれの学校で、学習や研究や探究の小さなコミュニティがある。生物学が好きなら自然科学の探究的な学習を突き詰めていく。そういうコミュニティがローカルなリーグとして切磋琢磨し、それが「実はこれはグローバルな研究室の研究につながっているんだ」という形で、上のリーグと有機的につながっている。そして、それを親御さんや地域の大人が支えている。そんな分厚い中間層が、各地域にある状態。それが目指すべき姿なんじゃないか、と。
ただ、サッカーには「勝敗」と「観客がお金を払う」という、エンタメを成立させる装置がある。研究や探究の世界に、それをどう持ち込めるのか。ここは、私が次に考えてみたいところです。
というわけで、今日はワールドカップの敗戦から始まって、強いチームを支える中間層の話、そして研究者育成の話まで、歩きながら考えてみました。悔しい敗戦でしたが、30年という時間軸で見れば、日本サッカーが積み上げてきたものは確かにある。その事実に、少しだけ救われる気もします。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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