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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.7.2
博士を増やせば、日本の科学技術力は上がるのか? – 歩きながら考る vol.322
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、「博士を増やせば日本の科学技術力は上がるのか」という話について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近見た新聞記事から考えたことを話してみようと思います。テーマはちょっと固いんですが、「博士号取得者を増やす」という国の施策について。これ、よく考えるとなんだか変な話だなと思って、歩きながら考えてみます。
博士を2万人増やす、という国の方針
きっかけは、2026年6月23日の日本経済新聞の記事でした。政府が「科学の再興ー研究力を国力に」というビジョンを掲げて、若手研究者の海外派遣を5年間で累計3万人、そして博士号取得者を2030年に2万人(現状から約2割増)に増やす、という方針を打ち出したという内容です。
背景はわかります。AIや半導体といった先端技術の覇権を争う米中では博士号取得者数が右肩上がりで、質の高い論文数でも1位、2位を分け合っている。一方、日本の博士号取得者数は米中の4分の1以下にとどまり、論文シェアも2000年代前半をピークに下がり続けている。だから博士を増やそう、というのは、一見すると筋が通っているように見えるんですよね。
数を増やせば、頂点も高くなるはずだ。でも、私はこれを見て、「ちょっと待てよ」と思ったんです。博士を増やすことは、目的じゃなくて手段じゃないですか。 本当のゴールは日本の科学技術力を上げることのはず。手段と目的が、どこかですり替わっていないか。この違和感を、別の世界の話に置き換えて考えてみたいと思います。

サッカーの育成から見えてくる「ピラミッド」
で、私がふと思い出したのが、日本サッカーのこの30年なんですよね。
サッカーで考えると、頂点から裾野までが一本の線でつながっているのがよくわかります。まず、日本代表(A代表)を強くするには、そこでプレーする選手たちが海外トップリーグで活躍できるレベルのプロである必要が当然ある。じゃあ、そういう選手を増やすにはどうするか。今度は、国内リーグであるJリーグの繁栄、つまり人気とレベルが上がることが欠かせない。そして、Jリーグの人気とレベルが上がるためには、その土台である育成年代の拡充が必要になる。
代表という頂点から、育成という裾野まで、全部が視界に入っている。これがピラミッドだと思うんですよ。トップで活躍する姿も、そこで得られる経済的な稼ぎも明確だから、子どもたちがプロを夢見て、下のレイヤーから自然と厚みが出てくる。インセンティブが、頂点から裾野まで届いているわけです。
この目で「博士を2万人」という話を見ると、どうも様子が違うんですよね。博士を増やすって、なんかピラミッドの途中の層だけを、ボリュームアップしようとしているように見える。 サッカーで言うなら、代表のレベルも、Jリーグの繁栄も、育成年代の厚みも視界に入れないまま、プロになるかどうかの境目にいるユース年代の人口だけを増やそうとしている、みたいな。その途中の層だけを膨らませることに、どれほど意味があるんだろう、と思ってしまうわけです。

「出口」が詰まっていたら、目詰まりするだけ
なんでこの「途中だけ増やす」が危ういのか。それは、出口が詰まっていたら、増やした分だけ行き場を失うからなんですよね。
ここで言う出口とは、博士号レベルの知識がないと成立しない仕事、つまり専門知がそのまま高い報酬と競争力に変わるポストのことです。ここが細いままだと、何が起きるか。実は日本では昔から、博士号取得者を増やしてもその先のポストが足りない、いわゆるポスドク問題が指摘されてきたんですよね。入口を広げてもその先のポストが限られたままだと、「そんなキャリアパスなら自分はやめておきます」となってしまう。入口だけ広げて出口が詰まれば、結局そこで目詰まりを起こすだけなんです。
で、ここで一度立ち止まって考えてみたいのが、そもそも個人にとって博士号を取るインセンティブはどこにあるのか、という話です。特に技術系の領域でよく見られるように、最先端の技術や理論、知識といったものが、専門家のネットワーク集団の中で流通している。そして、そこに接続できていないと一流の仕事ができない。もしそうであるならば、外からわざわざインセンティブを付けなくても、博士号を取得すること自体が、個人にとって十分なインセンティブになるはずなんですよね。
これ、サッカーとまったく同じ構造だと思うんです。出口に立つ姿が魅力的で、そこでしか得られないもの(活躍の場、稼ぎ、一流の仕事)が明確なら、インセンティブは放っておいても下まで届く。 逆に言えば、個人が博士号を目指さないのだとしたら、それは「出口」の魅力が見えていない、あるいはそもそも存在しない、というサインなのだと思います。

問うべきは「ピラミッドが設計されているか」
そう考えると、「博士を増やすか、増やさないか」という問いの立て方そのものが、ちょっと変なのかもしれません。
サッカーが教えてくれるのは、頂点・出口・裾野が一本の線でつながったピラミッド全体が、ちゃんと設計されているかこそが本質だ、ということだと思うんですよね。各領域に「知のプロリーグ」とでも呼ぶべきもの——専門知の高さが、そのまま高い報酬と競争力に変わる出口——があれば、博士号は言われなくても目指される対象になる。需要が先にあれば、それを支える供給網を整える、という順番が自然に動き出す。逆算で設計されたピラミッドの中でこそ、博士を増やす施策も初めて意味を持つはずです。
で、ここまで考えると、次の問いが出てきます。サッカーにはJリーグという制度設計があった。では、知の世界における「プロリーグ」は、いったい誰がどう作れるのか? それは大学なのか、企業なのか、それともまだ存在しない別の何かなのか。このあたりは私もまだ答えを持っていないので、また歩きながら考えてみたいと思います。
というわけで、今日は「博士を増やせば科学技術力は上がるのか」というテーマを、サッカーの育成構造になぞらえて考えてみました。途中の層だけを増やすのではなく、頂点から裾野までのピラミッドを設計する。この発想の転換が、案外いろんな「人材育成」の話に通じるんじゃないかな、と思っています。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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