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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.6.30
カウンセラーの達人技と、AIカウンセラーがぶつかる壁 – 歩きながら考る vol.320
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、カウンセリングにおけるAIの課題について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
見立ての「着目点」に、専門家を見た
そのとき先生が、短いテキストを題材に、その場でライブで読み解きをやってくれたんです。
カウンセラーの会話は、普通のおしゃべりと違って、働きかけに明確な意図がある。その意図が何に支えられているかというと、クライアントの内的世界の「見立て」なんですよね。ここまでは、知識としては知っていました。でも、実際にその見立てがどこに着目するのかを目の当たりにして、あ、やっぱり専門家は見ているところが違うな、と。
たとえば、ある文章を見て、先生がさらっとこう言ったんです。文中にカッコ()をつけているのを指して、「カッコをつけているということは、読み手を意識しているということですよね。つまり、自己と他者を区別できているということですよね」と。
これは、唸りました。言われてみればその通りなんです。カッコをつけるのは「この補足は読み手に向けたものだ」という意識の表れで、自分と他人がちゃんと分かれている。カウンセリングのクライエントの場合、そもそも自己と他者の区別がついていないこともあるわけなので、この見立ては大事です。
でも、たった1文字の括弧から、そこに着目するのか、と。日常で私たちが何気なくやっている表記の癖が、専門家から見れば心の構造をのぞく窓になっている。着眼点そのものが、もう素人とは違うんですよね。

「AIにできるか」と思った瞬間、足をすくわれた
で、ここからが私の悪い癖です。こういう話を聞くと、つい「これ、AIにできるんだろうか」と考えてしまう。
しかも、できそうな気がしたんです。AIはパターンを読むのが得意なわけで。「暗黙知」「達人の勘」というと人間にしかできない領域の代表みたいに聞こえますが、それも裏を返せば言葉にしづらいパターンの塊なのだとしたら、見立てだけなら、AIにも案外できるんじゃないか、と。つまり、AIもカウンセラーになれるのではないか、と。
でも、先生と話していて、私が見落としていたことに気づきました。問題は、AIに見立てができるかどうかじゃない。もっと手前のところで、カウンセリングという営みの構造と、AIの会話の建付けが、そもそもずれているんです。
考えてみてください。私たちがAIに悩みを相談すると、どうなるか。たいてい、すぐに役立つ答えを返してきますよね。「それなら、こうしてはどうでしょう」「3つの方法が考えられます」と。AIは、とにかくポジティブに、こちらの役に立とうとするように作られている。良かれと思って、前のめりに解決しようとしてくる。
ところが、カウンセリングは、必ずしもそうではない。カウンセラーは、クライアントの「役に立つ」ことを、構造として最優先に組み込んでいるとは限らない。役に立とうとしないなら、いったい何をしているのか。

カウンセリングは「真ん中の対象」を対等に見る
その答えが、カウンセリングの「場の構造」にありました。
ユング派のセッションというのは、クライアントとカウンセラーが向かい合って話すというより、二人の中間に何か「対象」が置かれていて、それを二人で一緒に見ているという構造なんだそうです。持ち込まれたテーマだったり、語られた出来事だったり。大事なのは、カウンセラーが相手に何かを伝えるというわけでは必ずしもなく、対等な立場で、同じ対象を二人で見つめるということ。
この構造の中で、ときどきクライアントの心がふっと開く瞬間が訪れ、抱えていた課題が自然とほどけていく。ただ、開くかどうかはあくまでプロセスの一部で、土台にあるのは「中間の対象を対等に見る」という場の在り方の方なんですよね。そして、その対象を見つめるなかで、カウンセラー自身もまた対象の影響を受けていく。
ここまで来て、さっきの「ずれ」の正体が見えてきます。AIは中間の対象を一緒に見る主体ではなく、こちらの役に立つことを差し出す相手として振る舞うように根本的にデザインされている。横に並んで同じものを見るのではなく、正面から「お役に立ちます」と来る。便利ではある。でも、カウンセリングの構造とは、根本思想がちょっと違うんですよね。

本当の問いは「私たちがAIをどう捉えるか」
そう考えると、最初の「AIに見立てができるか」という問いが、的を外していたことに気づきます。
能力の話なら、AIはかなりやれるのかもしれない。でも、カウンセリングの本体が「対等な立場で、中間の対象を二人で見つめる場」だとしたら、本当の鍵は、AIの能力の問題ではない。鍵は、こちら側にあります。私たちが、目の前のAIという存在を、どう捉えるか。中間の対象を一緒に見てくれる存在として受け取れるのか。それが感じられて初めて、「場」は成立する。
ここが、私の中でまだ答えの出ないところです。十分に巧みなAIなら、人はつい相手を社会的な存在として扱ってしまうので、その役を感じ取れてしまうのかもしれない。でも、AIの建付けそのものが「役に立つ道具」へ寄っているのだとしたら、それを対等な相手として受け取るのは、案外むずかしいのかもしれません。
まとめ:問いは「AIの能力」から「私たちの受け取り方」へ
というわけで、今日はカウンセラーの達人技から、AIはどこまで担えるのかを歩きながら考えてみました。
この「やり立つ便利な相手を、関係の主体として受け取れるのか」というあたりは、以前に書いた「AIはカウンセラーになれるのか?」という記事とも地続きなので、よければそちらも覗いてみてください。ここから先は私自身の研究テーマとも重なるので、また進展があったらシェアしていきます。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。それでは、また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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