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ブログ歩きながら考える

2026.6.26

田んぼからピッチへ──日本代表の進化を、時間を遡って考えてみた – 歩きながら考る vol.318

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、日本代表の進化を文化心理学の観点で読み解く話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日はお昼休みの時間を使って、歩きながら考えてみようと思います。今ちょうどワールドカップの真っ最中ですが、日本代表の戦いぶりを観ていて、「こんなに進化したのか」と驚いている方も多いんじゃないでしょうか。なぜ日本はこれだけ強くなったのか——というのは、以前のブログでも何度か考えたテーマなんですが、今日はそれを、時代の流れという観点から、もう一度ちゃんと掘り下げてみたいんです。

先に結論めいたことを言ってしまうと、私は今の強さを、二本の糸で説明できるんじゃないかと思っています。一本は協調という、日本にずっと昔から通っている古い糸。もう一本は競争という、日本のサッカーがグローバルと近くなって入ってきた新しい糸。この二本がようやく高いレベルで織り合わさったことが、今の進化の正体なんじゃないか。そんな仮説を、田んぼまで遡りながら話してみます。

きっかけは、今週、文化心理学者の北山忍先生の最近のアフリカ研究のお話を聞いたことでした。北山先生によると、アフリカのある文化では、家族や友人といった一番身近な人こそがライバル、いわば「敵」として意識されているんだそうです。集団への帰属意識が強い人ほど、身内を競争相手とみなす。

これを聞いて、ひとくちに集団主義と言っても、その中身はずいぶん違うんだな、と改めて思ったんですよね。同じ集団主義でも、アフリカみたいに競争が前面に出るタイプもあれば、別のタイプもある。この「集団主義の中の異なるパターン」をちゃんと理解しないといけないな、という気分になってきまして。

そこで考えたいのが、日本です。日本の場合、子どもの頃から「みんなと仲良くしましょう」と言われて育ってきますよね。そういう意味では、調和を保つこと、協調することが当たり前、という感覚があるかもしれません。アフリカが競争前面型だとすれば、日本はどちらかというと協調前面型。じゃあ、なんで日本はそうなったのか。それを遡って考えていくと——やっぱり、田んぼの話に行き着くんです。

やっぱり田んぼの話に行き着く

日本がなぜこれほど協調を重んじる文化になったのか。文化心理学における見立ては、ずっと稲作で食ってきたから、というものです。

稲作って、とにかく手間がかかるんですよね。シカゴ大学のトーマス・タルヘルムが提唱した「米理論(Rice Theory)」によると、稲作は小麦の約2倍の労働力がいるそうです。しかも田に水を引く灌漑を、村みんなで管理しないといけない。誰がいつ水を使うか、水路の修繕を誰がやるか、田植えや稲刈りのタイミングをどう合わせるか。一軒だけ勝手にやってもうまくいかないし、村全体が回らないと自分の田も実らない。だから、みんなで協力して集団でやっていくことが、そのまま生き残るための戦略になった。

これをさらに補強してくれるのが、歴史人口学者・速水融先生の「勤勉革命(Industrious Revolution)」という概念です。ここがちょっと面白いんですよ。同じ頃、ユーラシアの西の端では、イギリスが産業革命の真っ最中でした。機械という資本をどんどん投入して、人の手を減らしていく方向です。ところが江戸時代の日本は、まったく逆を向いた。牛馬のような家畜(資本)をむしろ減らして、人の労働力を集中的に注ぎ込むことで生産性を上げていったというんです。世界が「資本投下」で生産性を上げる中で、日本だけは「人がもっと協力して頑張る」ことで生産性を上げた。これが農民の自発的な勤勉さで進んだというんです。

つまり日本は、人の手と人の協働を最大限に効率化することで豊かになる、という経験を、少なくとも江戸時代の時点ですでに積み上げている。協力することが社会の繁栄に直結する、という成功体験が、脈々と受け継がれてきたわけです。

そして、この田んぼで培われた協調は、時代を超えてさらに受け継がれていきました。稲作や勤勉革命が求めた働き方——大勢での協働、共同設備の管理、タイミングを合わせて手を動かすこと——は、工場という次の生産様式にもぴったりハマったんです。みんなで時間を合わせてラインを回し、手順を守り、全体の生産性を優先する。これ、田んぼとそっくりですよね。これは、戦後日本は製造業で成功した背景の一つなのではないか。このあたりは、以前「ガンホー」と「アメリカン・ファクトリー」という2本の映画を読み解いた記事でも書きました。

田んぼ、江戸の村、そして戦後の工場へ。協調という古い糸は、こうして何百年もかけて、日本という布にしっかり織り込まれてきたんですね。

では「競争」は、いつ入ってきたのか

でも、協調の糸が昔からあった、というだけでは、今の強さは説明できません。というのも、協調が得意なだけのチームは、実はそんなに強くないからです。仲は良いけど誰も突き抜けない、現状で満足しちゃう。いわゆるぬるい連帯ですね。学生時代の部活とか職場とかで、心当たりのある方もいるんじゃないでしょうか。

ここに、もう一本の糸が要る。チーム内競争です。そして、この糸はかなり最近になって、急に太くなったんですよね。

正直に言うと、ひと昔前の日本サッカーは、チーム内で競争すると言っても、その個のレベルがまだ国内どまりだったのだと思います。日本で一番うまい選手同士が競ってる、という段階。ところが今はどうでしょう。攻撃陣の顔ぶれを見ると、久保建英はレアル・ソシエダ、鎌田大地はクリスタル・パレス、堂安律はフランクフルト、上田綺世はフェイエノールト。みんな欧州の第一線でレギュラーを張っている選手たちです。

象徴的だったのが、今大会、怪我で主力が欠ける場面があっても、代わりに出てくる選手の質がまったく落ちないことなんですよね。誰かが抜けても、高いレベルの選手がすっと入ってくる。これは、同じポジションを争う相手が、軒並み世界トップリーグの主力だからこそ成り立つ話です。そんな環境で競争すれば、否応なく個は磨かれる。協調という古い糸に、世界レベルの競争という新しい糸が、並ぶ太さで入ってきた。この二本が高いところで揃ったこと——それが、今の日本代表の進化の正体なんじゃないかと思います。

二本の糸が、互いを支えている

なぜ、この二本が揃うと強いのか。それは、協調と競争が、互いの弱点を打ち消し合うからなんですよね。

協調があるから、これだけ強烈な「個」が集まっても、チームがバラバラにならない。先日もワールドカップ関連の動画を観ていたら、味方が走り込むスペースを、誰に言われるでもなく空ける。高いレベルでオートマティックな連動が実現しているのが日本代表だという評価を耳にしました。これって、子どもの頃から「チームのために走れ」「味方をカバーしろ」と言われて育った、協調の文化が下敷きにあるからこそ自然にできることだと思うんです。

逆に、競争があるから、その協調が馴れ合いに流れて停滞することもない。さっき言った「ぬるい連帯」に陥らずに済む。気を抜いたらチーム内での自分の序列が下がるという厳然としたリアリティが目の前にある。

協調という古い糸と、競争という新しい糸。この二本がこれからもきれいに織り合わさっていけば、日本はもっと強くなれると思うんです。ただ、注意したいのは、どちらかに偏った瞬間にバランスが崩れる、ということ。競争ばかりが前に出れば強烈な個がバラけてしまうし、協調に寄りすぎれば、またぬるい連帯に逆戻りしてしまう。

そして、これはたぶんサッカーだけの話じゃないんですよね。協調という糸を何百年も持っている日本という国が、そこに競争という新しい糸をどう編み込んでいくか。代表チームのピッチで起きていることは、これからの日本のいろんな組織で問われることの、ひとつの先取りなのかもしれません。そんなことを考えながら、続きの試合を楽しみに待ちたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

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