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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ不確実性の回避(UAI)歩きながら考える

2026.6.24

「神エクセル」がAI時代の最大のボトルネックになっている – 歩きながら考る vol.316

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIで書類仕事を効率化しようとして、思わぬ伏兵に出会った話について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日はお昼の移動時間を使って、最近ちょっと困ってることを話してみようと思います。テーマは「AIと書類仕事」。AIで事務作業がどんどんラクになると期待していたのに、思わぬところで足止めを食らっている、という話です。歩きながら、ゆるく考えてみます。

コードは書けるのに、なぜ「神エクセル」でつまずくのか

私はいま、大学がらみの仕事をしている関係で、けっこう書類を書くんですね。自分の所属先だけじゃなく、他の大学で何かするたびに申請書類を書く。で、当たり前なんですけど、このフォーマットが組織ごとにバラバラなんですよ。経費精算ひとつとっても、申請書のフォーマットが個別に作られている。

最近のAIはすごく優秀なので、こういう書類こそ一発で作ってくれそうじゃないですか。ところが、これがそうもいかない。たとえばExcelで作られた申請書。印刷するときれいに整って見えるんだけど、中身はチェックボックスのオン・オフだったり、特定のセルにボタン機能が仕込んであったりする。これ、Excelの達人が腕によりをかけて作り込んだ、いわば「神」フォーマットなんですよね。

ところが、その作り込みをそのままAIに渡すと、ボタンを押す代わりに違う形式に書き換えちゃったりする。そのままでは提出できない。こういうことがちょいちょい起こる。

いまのAIはプログラムのコードならかなりきれいに書ける——コーディングの世界では「人間が書くよりAIに書かせたほうがミスが少ない」という認識すら広がってきています——のに、よりによって人間の達人技で作られたExcel一枚でつまずく。紙に印刷するためだけに、ここまで美しく作り込む。まさに神(紙)エクセルです。達人の創意工夫に、AIがまんまと足を掬われているのが現状なんですよ。これが、AI時代の地味だけど確実なボトルネックになっている。

AIに合わせて、書類を簡素化していく

じゃあ、これをどうすればいいのか。まず思い浮かぶのは、書類仕事そのものをAIが扱えるように簡素化していく、あるいはAIが読みやすく・作りやすいフォーマットに変えていく、という方向です。

実際、書類作成にかかる時間って、本当にもったいないんですよ。だって、検討そのものはもう終わっていることが多いんですから。「この項目はチェックしてOK」という確認も、たいてい済んでいる。中身の議論はとっくに片付いているわけです。書類化はAIに渡して「あとはやっといて」としたいところ。

なのに、いざ文書化する段になると、ローカルのフォーマットが現場ごとに全部違う。そのせいでAIが形式を取り違えて間違える。で、結局その間違いを人間が全部見直さなきゃいけなくなる。中身は決まっているのに、「正しい見た目」に収めるためだけに、膨大な手間がかかってしまう。これは正直、ナンセンスだと思うんです。日本全国、大学に限らず、公共組織も民間も、たぶん同じことで悩んでいる。だからこそ、AIに合わせて形式を整理していく効率化は、絶対に必要だと思います。

効率化の先で、検討まで薄くしてはいけない

ただ、ここでひとつ、気をつけたいことがあるんですよね。効率化はもちろん大事。でも、効率化した挙句に、肝心の検討まで薄くなってしまったら、それはちょっと違うと思うんです。

そもそも私は、文書主義そのものは悪くないと思っています。証拠を残す、合意したステップを明確にする、フォーマットで「何を検討すべきか」を規定して抜け漏れを防ぐ——こうした機能は、物事をスムーズに進めるうえで確かに役に立っている。だから、簡素化を「中身まで削ること」と取り違えてはいけない。

むしろ、面倒な「文書化」そのものをAIが肩代わりしてくれるなら、逆のことだってできるはずです。人間は退屈な書類づくりから解放されて、より深い検討のほうに時間を使える。検討すべきポイントについて、これまでより緻密な議論を残せる。その結果として、完成度が高くて、オープンで透明性の高い情報が積み上がっていく。手を動かす作業は軽くなるのに、中身はむしろ厚くなる。形式に縛られて自己目的化した文書主義を、確実に成果や正当性につながる「真の文書主義」へとアップデートしていく——目指したいのは、そういう方向なんじゃないかと思います。

「良い不確実性の回避」とは何かを問い直す

この話、ホフステードの文化の枠組みで考えると、もう少し見通しがよくなります。

ホフステードの研究によると、日本は「不確実性の回避」が高い文化です(スコア92)。漏れなく、決まったやり方で、きっちり残しておきたい。だから標準化やルール化、文書化が進むこと自体は、とてもよく理解できるんですよ。

問題はそこじゃなくて、その「目的」との紐付けが、どこかのタイミングでずれてしまったのではないか、ということです。標準化したり文書に残したりすること自体が、文化的な慣習として当たり前になりすぎている。その結果、各現場がそれぞれ独自のフォーマットで、しかもAIには読み取りにくい形式の資料づくりに、膨大な時間を費やしてしまう。これは、いわば「悪い」不確実性の回避と言えるんじゃないでしょうか。

もともと不確実性の回避という性質そのものに、良いも悪いもありません。だからこそ、いま改めて「良い」不確実性の回避とは何なのかを問い直すタイミングに来ていると思うんです。AIフレンドリーな文書化やルール作りを進めるときには、「何のためにそれをやるのか」という目的との紐付けを、もう一度ていねいに考えること。それが、すごく大事になってくる気がします。

まとめ:「何のために」を、もう一度

いま、デジタル庁が行政手続のオンライン化の旗を振るなど、国レベルでAI時代の文書のあり方を見直す動きが出てきていることは、私も認識しています。こうした流れ自体は、とても心強い。

ただ、その動きを進めるときにも、形式的な標準化それ自体が目的になってしまわないようにしてほしいんですよね。「とにかく形を揃える」ではなく、「何のためにこの文書を残すのか」という本来の目的との照らし合わせを、何より大事にしてほしい。そこさえ外さなければ、AIは書類仕事の敵ではなく、「真の文書主義」への最良の味方になってくれるはずだと思っています。

というわけで、今日は「神エクセル」から始まって、AI時代の文書主義のあり方まで、歩きながら考えてみました。達人の創意工夫に足を掬われている現状から、「良い不確実性の回避とは何か」という問いまで、ゆるく話してみました。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

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