Blog
今日のテーマは、AIの二つの進化の方向性について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近考えていることを話してみようと思います。テーマは、AIの進化の方向について。賢くなっていく今の流れはそれでいいとして、その横でもう一つ、伸ばしておいた方がいい力があるんじゃないか、という話です。
ここ数年くらいのAIの進化って、本当にすごいですよね。何かを尋ねれば、どんな分野でも膨大な情報を把握して、しかも分かりやすくまとめて差し出してくれる。今ではウェブ検索もして、最新の情報まで含めて整理してくれるのが当たりまえ。こんなこと、人間には到底できません。AIが賢くなれば、それだけ私たちは助かる。これはもう、その通りだと思うんです。ここに文句はありません。
ただ、最近ちょっと思うんですよ。この「賢さ」をどこまでも磨いていく方向だけだと、どこかで天井にぶつかるんじゃないか、と。どれだけいい情報を出せるようになっても、それを受け取る人間の側に、受け取れるだけの余裕がなかったら意味がない。そんなことを考えるようになったきっかけが、実は自分の研究にありました。

データが教えてくれた「意外な条件」
少し前に、職場でのAIからのフィードバックについて実験をして、論文にまとめたことがあります。AIが働く人にフィードバックを返したとき、それが本人のやる気や自信―専門的には自己効力感と言いますが―にどう影響するか、という研究です。
ざっくり言うと、結果はこうでした。AIが「ここがいいですね」と肯定的なフィードバックを返すと、自己効力感は上がる。これは予想どおりです。問題は、AIが「ここを直した方がいい」と課題を指摘する建設的なフィードバックのほうでした。
これがですね、ある条件のもとでしか効果を発揮しなかったんです。その条件というのが、職場の上司や同僚から、ふだん気持ちの面で支えられているかどうか。「あなたのことはちゃんと分かっているよ」「見ているよ」という感覚を、まわりの人間関係から受け取れている人。そういう人は、AIの厳しい指摘もちゃんと前向きな力に変えられた。逆に、そういう支えがない人にとっては、同じ指摘がうまく効かなかった。
これ、書いていて私自身ハッとしたんですよね。AIが差し出した「情報」を本当に活かせるかどうかは、情報の中身だけではなく、その人が周囲から気持ちの面で支えられているかどうかにかかっていた。情報の質をいくら上げても、受け手の心が支えられていなければ、その情報は宙に浮いてしまう。データがそう語っていた。

疲れているとき、AIの「親切」が重く感じる
この話、職場のフィードバックに限ったことじゃないと思うんです。
たとえば、皆さんも経験ありませんか。疲れているときにAIに何かを尋ねて、ものすごく丁寧で、情報がぎっしり詰まった長い回答が返ってくる。元気なときなら「お、ありがたい」と思えるその回答が、疲れているときには、読むだけでちょっとぐったりしてしまう。「いや、そこまでは今いらないんだけどな」と。
これ、AIが悪いわけじゃないんですよね。むしろ親切で、有能だからこそ、たくさん差し出してくれる。でも、こちらの心に受け取る余裕がないと、その親切がそのまま重さに変わってしまう。情報の量や質と、それを受け取れる心の状態は、別の話なんです。
人間って、結局は感情で動いているところがありますよね。どんなにいい情報を前にしても、気持ちが落ちていれば、それを活かす力が湧いてこない。逆に、気持ちが前を向いているときには、同じ情報がぐんと活きてくる。私の実験データが示していたのも、突き詰めればこういうことだったんだと思います。

「賢いAI」の横に、「支えるAI」を
ここまで考えてくると、私が言いたいことが見えてきます。
AIをどんどん賢くしていく―より正確に、より多くの情報を、より分かりやすく。この方向はこれからも進めばいいと思います。でも、それと並行して、人の気持ちのほうを支える力、つまり情緒的な支えを返せるAIの研究開発も、もっと進めていいんじゃないか。これは「賢いAIに飽きたから優しいのも作ろう」という話ではありません。受け取る側の心が支えられて初めて、せっかくの賢さが活きる。だから情緒的な支えは、賢さを多くの人に届けるために欠かせないものなんです。
理想を言えば、プロのカウンセラーに匹敵するくらいの水準で、人の気持ちにちゃんと寄り添えるAI。賢さを磨く競争はずいぶん進みましたが、こちらの力はまだ伸びしろだらけです。賢さと、人を支える力。この両輪がそろったとき、AIの進化は本当の意味で多くの人の役に立つものになるんじゃないか。私はそう思っています。
もっとも、そうなったらなったで、次の問いも浮かんできます。AIに気持ちまで支えられることに慣れていったとき、私たちの心は、いったいどう変わっていくんだろう。これはまた、別の日に歩きながら考えてみたいテーマです。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
関連ブログ Related Blog
2026.2.25
AIがあなたの健康を一番よく知っている時代が来る? – 歩きながら考える vol.235
今日のテーマは、AIと健康データについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で... more
2025.12.19
AIは医師を代替するか? – 歩きながら考える vol.192
今日のテーマは、医療現場でのAI活用から考える、診断と医療の未来について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好... more
2025.5.16
そろそろ次のブレークスルー?:Apple Watchのデータとヘルスケアの未来 – 歩きながら考える vol.43
今日のテーマは「Apple Watchと次世代ヘルスケア」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心を... more