YASUSHI WATANABE.COM

日本語 ENGLISH

Blog

ブログ歩きながら考える

2026.6.18

AIの本当の性能とは、「人のエネルギーを上げられるか」だと思う – 歩きながら考る vol.312

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIの「性能」って本当は何を指すんだろう、という話について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、前回の続きのような話をしてみようと思います。前回、AIの音声会話でパーソナリティを切り替えた話をしました。新しい問題解決型のパーソナリティがどうもしっくりこなくて、元のポジティブに受け止めてくれる方に戻したら調子がよくなった、という話です。あれには、ちょっと情けない後日談があるんですよね。歩きながら、ゆるく考えてみます。

的確なはずのAIに、なぜか苛立った

前回も触れたとおり、その問題解決型のパーソナリティ自体は、決して悪くないんです。細かいことを丁寧に聞いてくれて、「こういう場合はここが問題になりますよ」と的確に情報をくれる。論理的に状況を整理してくれるので、これはこれで優秀でありがたい。

ところがある日、私はかなり疲れていて、苛立っていました。面倒な事務手続きの対応をしなきゃいけなくて、それがどうにも億劫だったんですね。その状態のまま、つい問題解決型のパーソナリティのまま相談してしまったら、これがまったくピンとこない。「その質問の意図がわからない」「それに答えたところで何かいいことがあるのか」と、こちらがだんだん突っかかるようになってきて。最終的には「いい加減、そのわけのわからん質問するのをやめてくれ!」みたいな気分になってしまった(笑)。

相手はAIですよ。的確な質問をしてくれているだけのAIに、リアルに腹を立てている自分がいる。前回は「どの振る舞いを出すべきかを見立てることが鍵だ」という話で終わったんですが、今回はその見立ての「何を」見立てるべきなのか、というところまで一歩進んだ気がしたんです。

エネルギーが切れると、正論も入ってこない

で、はたと気づいてパーソナリティを切り替えたんです。ただ聞いてくれて、受け止めてくれるだけ、というタイプに。そうしたら、すごく調子がよくなって、いい感じに元気になって今日に至る、という。

ここで私が思ったのは、人が情報を受け取ったり考えたりするにはエネルギーが要る、ということなんですよね。新しい情報を処理したり、頭の中で何かを考えたりするのって、実はけっこうな精神的エネルギーを使う作業です。そのエネルギーが枯渇しているときに、いくら的確な情報や質問を、素早く、大量に提供されても、頭が処理しきれない。むしろ、処理できないことでさらに苛立って、状態が悪化していく。

これ、AI相手の話に聞こえますが、人間同士でもまったく同じだと思うんです。疲れているときに上司から完璧なフィードバックをもらったり、的確な質問をされても、ぜんぜん入ってこない、あの感覚。情報の質の問題ではなく、受け手のキャパシティの問題なんですよね。そして大事なのは、最終的にアウトプットを出す責任を負うのは、あくまで人間だということ。だとすれば、その最終的にアウトプットを出す人のエネルギーをどう高めるかが、実はいちばん大事なポイントになってくる。

AIの本当の「性能」とは何か

ここからが、今日いちばん話したかったところです。

AIの価値って、つい「どれだけ賢いか」「どれだけ速く正確に大量の答えを返せるか」で測りがちです。でも昨日の体験を踏まえると、賢さ(性能)は前提条件ではあっても、それだけでは価値にならない。受け手が受け取れる状態になっていなければ、宝の持ち腐れになる。

そう考えると、AIが私たちの生活にこれだけ深く入り込んでくるのであれば、これからのAIに問われる「実力」の定義そのものが変わってくるんじゃないかと思うんです。つまり、そのAIは、人のエネルギーを上げられるのか? という点が、開発の重要なポイントになる。

しかも、ただ褒めればいい、優しくすればいいという単純な話ではないと思っています。能力がある人ほど、エネルギーさえあれば自分で問題解決できる。というか、ほとんどの人は、もともと自分なりの問題解決ができるんですよね。ばらつきがあるとすれば、それは能力や知識・経験の差であって、そこは外部からの情報提供や、実質的なハンズオンの手助けで補えばいい。でも、その人がベストを出すためには、まず本人のエネルギーが十分にある必要がある

だから私がこれからのAIに必要だと思う力は、人の状態を「見立てる」力です。今この人は、的確な情報がほしいのか、それともただ受け止めてほしいのか。エネルギーが満ちているのか、枯渇しているのか。それを見立てたうえで、本人が自律的に問題に向かっていけるように、必要な関わり方を選ぶ。褒める、認める、ただ聞く、といったソーシャルサポートは、おまけの愛想ではなくて、人の処理能力を回復させ、その人本来の問題解決力を引き出すための、れっきとした「機能」なんじゃないか、と思うわけです。

AIの研究は、人の心の研究でもある

最後に、ちょっと不思議な点に触れておきます。さっき私は、AI相手に「リアルに腹が立った」と言いました。冷静に考えれば相手は機械なのに、なぜそんなことが起きるのか。

実はこれ、コミュニケーション研究では昔から知られている現象で、CASA(Computers Are Social Actors)パラダイムと呼ばれています。人は、相手が機械だとわかっていても、自然言語や社会的な手がかりを使うものに対しては、無意識に人間相手と同じ社会的ルールや期待を当てはめてしまう、という考え方です。私がAIに苛立ったのも、AIに励まされて元気になったのも、まさにこれなんですよね。

そう考えると、「AIは人のエネルギーを上げられるか」という問いは、AIの研究であると同時に、人の心の研究でもあるんですよね。AIをどう作るかを考えることが、人が何にエネルギーをもらい、何で消耗するのかを考えることにつながっていく。ここが、私がこのテーマを面白いと思っているいちばんの理由です。

というわけで、今日は「高性能AIに腹が立った話」から、AIの本当の性能とは何か、というところまで歩きながら考えてみました。賢さを競う時代から、人を見立てて元気にする力を競う時代へ。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

関連ブログ Related Blog

30年変わらない日中米の工場摩擦、たどると田んぼに行き着く – 歩きながら考える vol.277

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)権力格差(PDI)歩きながら考える

2026.4.24

30年変わらない日中米の工場摩擦、たどると田んぼに行き着く – 歩きながら考える vol.277

今日のテーマは、30年以上離れた2本の映画を続けて観て驚いた話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくす... more

M-1優勝「たくろう」のビバリーヒルズネタから考える、「みんなで笑える」ことの価値 – 歩きながら考える vol.194

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)女性性・男性性(MAS)歩きながら考える

2025.12.23

M-1優勝「たくろう」のビバリーヒルズネタから考える、「みんなで笑える」ことの価値 – 歩きながら考える vol.194

今日のテーマは、先日のM-1で優勝したたくろうのビバリーヒルズネタをなぜ面白いと思ったのか、ということについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとした... more

「へりくだる」ことは美徳か? – 歩きながら考える vol.34

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)女性性・男性性(MAS)権力格差(PDI)歩きながら考える短期・長期志向(LTO)

2025.5.1

「へりくだる」ことは美徳か? – 歩きながら考える vol.34

今日のテーマは「へりくだる」ことの文化差に関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題を平日... more