Blog
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ権力格差(PDI)歩きながら考える
2026.6.10
森保監督のチーム作りから考える、組織文化の作り方 – 歩きながら考える vol.306
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、サッカー日本代表・森保一監督のマネジメントから考える組織文化について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は歩きながら、もうすぐ始まるワールドカップを入り口に、組織文化について考えてみます。森保一監督って、インタビューなんか見ていると、やわらかいタイプの監督に見えますよね。一方で、代表監督として歴代最多の勝ち星を積み上げている。この「やわらかいのに、勝つ」という感じが、組織文化を考えるうえですごく面白いと思っているんです。何回かに分けて、いろんな角度から話してみます。
選手の声を吸い上げる、ボトムアップの監督
きっかけは、サッカージャーナリストの木崎伸也さんが書いた『逆転監督 森保一』という本でした。
森保監督のチーム作りは、ボトムアップだと認識されてますよね。上から「この戦術でいく」と一方的に落とすのではなく、選手一人一人の話を聞いて、欧州で揉まれてきた選手たちの意見を吸い上げながらチームを作っていく。本のなかでも、変に縛ってまとめようとはしない、個性がぶつかり合って融合して一つのチームになればいい、という趣旨のことを語っていました。ボール拾いも監督が行うことがあるそうで、監督も選手も、肩書きが違うだけで同じ仲間だ、と。
これ、けっこう日本では珍しいんじゃないかと思うんですよね。部活なんかを見ていると、監督が強い権限を握って、トップダウンで戦略を落とし込んでいくパターンの方が、むしろ主流派かもしれない。
でも「日本のために」だけは、絶対に譲らない
ただ、ここで「ボトムアップの人ですね」で終わると、話の半分しか見えていないんです。
譲れない一線に関しては、森保監督はむしろかなりトップダウンにみえますよね。すなわち、「日本のために戦ってほしい」「日本サッカーの発展につながるか」という原理原則。ここだけは、上からはっきり落としている。本のなかでも、「個人の価値を上げたいだけなら、それはクラブでやってほしい」という発言が取り上げられていました。ここははっきりしています。「日本のために」なんて、正直ピンとこない選手だっているはずです。それでも、曲げない。
プレーに関してはボトムアップを志向しているのに、この原則に関して、森保監督がトップダウンなのはなぜなのか?
私は、それはリーダーとしての「なさねばならぬ」という使命感があるからだと思うんです。そしてそれは、自分を超えた大きなものへの感謝から来ている。森保監督は、国歌を聞くたびに、豊かな社会で育って好きな仕事に打ち込めることへの感謝が湧いてくる、というようなことを語っています。大きな目標に組織を向かわせようとすると、リーダー自身の自己はだんだん消えていく、と。
つまりこれは、個人を超えた「国」や「日本サッカー」への貢献という、集団主義的な使命感に見えますし、それが彼の原則のトップダウンの源泉になっているように見えるわけです。

権力格差「54」は、ぬるい真ん中ではない
ここで面白いのが、選手の側はまったく逆のベクトルを持っている可能性が有るということです。彼らの多くは、欧州で個人として評価を勝ち取ってきた若いプロです。個人として能力を発揮するという、いわば個人主義的な価値観を、強く持っている可能性が高い。
つまりこのチームでは、個人という枠組みで必ずしも物事をとらえないトップダウンの原則と、個人の技術と能力を最大限に生かすボトムアップの原則が、同時に存在して引っ張り合っている。一方に権力格差の高い価値観が有り、もう一方には低い価値観もある。この綱引きこそが、森保ジャパンの正体なんじゃないかと思うんです。
ここで、私の専門のホフステードの文化次元の話につなげます。文化の次元の一つに「権力格差」というのがあって、これは上下の権力の不平等をどれくらい当然のものとして受け入れるか、という指標です。
日本のスコアは54で、だいたい真ん中。この「真ん中」は、ふつう「バランス型ですね」と読まれます。でも、みんなが「ほどほど」と思って真ん中になるのと、高い力と低い力が綱引きをした結果、均衡点として真ん中になるのとでは、まるで意味が違う。森保ジャパンはおそらく後者で、日本の54も、力の抜けた中間ではなく、強い緊張をはらんだ均衡点なのかもしれません。

緊張感のある組織は、いい音で鳴る
弦楽器って、両端をぴんと張るからこそ、真ん中が自由に震えて、きれいな音が鳴りますよね。緩んでいたら、弦はたるんで音にならない。組織もこれと同じで、譲れない原則をきつく握るからこそ、現場は安心して自由に動けるのかもしれません。
私たちの職場でも、たぶん同じじゃないでしょうか。何でもかんでも口を出す上司の下では、人は縮こまるかもしれない。逆に、何もかも自由だと、ただバラバラになる。ごく少数の原則だけは絶対に譲らず、あとは思い切って開く。その綱引きをうまく張れている組織が、いちばんいい音を出すんじゃないか。
というわけで、今日はワールドカップを入り口に、森保監督のマネジメントから組織文化について歩きながら考えてみました。緊張感のある組織ほど、いい音で鳴る。そんな仮説、みなさんはどう思いますか?
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
関連ブログ Related Blog
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)権力格差(PDI)歩きながら考える
2026.4.24
30年変わらない日中米の工場摩擦、たどると田んぼに行き着く – 歩きながら考える vol.277
今日のテーマは、30年以上離れた2本の映画を続けて観て驚いた話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくす... more
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)女性性・男性性(MAS)歩きながら考える
2025.12.23
M-1優勝「たくろう」のビバリーヒルズネタから考える、「みんなで笑える」ことの価値 – 歩きながら考える vol.194
今日のテーマは、先日のM-1で優勝したたくろうのビバリーヒルズネタをなぜ面白いと思ったのか、ということについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとした... more
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)女性性・男性性(MAS)権力格差(PDI)歩きながら考える短期・長期志向(LTO)
2025.5.1
「へりくだる」ことは美徳か? – 歩きながら考える vol.34
今日のテーマは「へりくだる」ことの文化差に関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題を平日... more
