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ブログ歩きながら考える

2026.5.28

幸福ってなに? – 歩きながら考える vol.297

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、幸福について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は、最近ずっと考えている「幸福とは何か」という話をしてみようと思います。僕は今、AIとの関わり方と幸福の関係について研究をしているんですが、そもそも幸福って何なんだろう、ということを改めて考えるようになってきました。歩きながら、ゆるく話してみます。

幸福には決まった定義があるはずだ、という発想

幸福について考えるとき、多分多くの人が前提にしているのは「幸福の形には決まった定義があるはずだ」という発想じゃないかと思うんですよね。これさえ分かれば、それを満たしているかどうかで自分が幸福かどうかも分かる、という考え方。

で、これに関する学問的な議論って、実はものすごく多岐にわたっているんです。

古くはアリストテレスが『ニコマコス倫理学』で エウダイモニア(eudaimonia) という概念を提示している。これは「徳に従った魂の活動」を意味していて、単なる快楽じゃなくて、自分の潜在能力を発揮して生きることこそが本当の幸福だ、という議論ですね。

現代心理学では、キャロル・リフ(Carol Ryff)がこのエウダイモニックな伝統を引き継いで、心理的ウェルビーイング(PWB) を6つの次元(自己受容、人間関係、自律性、環境制御、人生の目的、個人的成長)で整理しています。

一方で、まったく違う方向からのアプローチもあって。エド・ダイナー(Ed Diener)に代表される 主観的ウェルビーイング(SWB) の研究では、人生の満足度と、ポジティブな感情の頻度・ネガティブな感情の少なさを幸福の指標として測定するんです。これはどちらかと言うとヘドニック、つまり快楽主義的な側面に重きを置いた捉え方ですね。

こういう話を聞くと、「なるほど、幸福って定義があるんですね」と思いますよね。その定義を学べば自分の幸福もある程度設計できそうな気がする。

ところが、自分の体験に引きつけてみると、少しズレている

ところが、ここで自分自身の体験に引きつけてみると、少し違うなと思うんですよね。

例えば、僕自身の幸福を考えると、快楽というか、強いポジティブな感情を持つことが幸福だとは全然思わないんですよ。むしろ、常にそういう状態でいるのは不自然で、逆に居心地が悪いとすら感じる。

物欲もほとんどない。今以上に何かを身につけたいとも、何かを買いたいとも思わない。消費による快楽感情を、幸福だとは一ミリも考えていないんです。

じゃあ何が僕にとっての幸福かというと、「日々自分で決めたことを淡々とこなして、正しい方向に向かっている感覚」なんですよね。それを自律的に、自分の力で行為として積み重ねられている状態。

具体的に言うと、朝早く起きるとか、日々少しでも勉強するとか、論文を書くと決めたら書くとか、コミットすると決めたプロジェクトには全力で価値を出すとか。僕の場合、思考の積み重ねでしか価値が出せないという感覚があるので、そのために体調を整えるとか、トレーニングするとか、飲みすぎない、遊びすぎないとか。そういう状態を保てているということが、自分にとっての幸福だなと思うんです。

こう書くと、多分これを読んでくださっている方の中には、「そんなのが幸福なんですか」と感じる方もいらっしゃると思うんですよ。それはもう、当然の反応だと思う。

で、ここで気づいたことがあって。豊かな暮らしみたいな一般的にイメージされる幸福像って、どちらかというとヘドニックな幸福、つまりポジティブな感情や満足度を重視する捉え方じゃないですか。一方で、僕が語っている幸福像は、結果的にエウダイモニックな方向、つまり自分の潜在能力の発揮や、自律的な行為の積み重ねの方に寄っている。

「自分はエウダイモニックな幸福を追求している」と思って人生を生きて来たわけじゃないんですよ。結果としてそうだったということに後から気づいた、というパターンですね。

定義と自分を行ったり来たりする

ここで考えたいのが、じゃあ幸福の定義には意味がないのか、ということなんですけど、僕はそうは思わないんですよね。むしろ、すごく大事なものだと思っている。ただ、付き合い方が違うんじゃないかな、と。

「幸福とはこういうものだ」という定義に自分を当てはめて、当てはまっていれば幸福、当てはまっていなければ不幸、みたいな使い方はなんか変だなと思うわけです。そうじゃなくて、研究で示されている定義に触れたときに、自分の中でどんな気づきが起こるか。それを手がかりにして、自分なりの納得を深めていく、という付き合い方なんじゃないかと思うんです。

実際、僕の場合もそうでした。エウダイモニックな幸福観に触れたとき、「自律性」とか「人生の目的」という次元には強く反応した。「あ、自分はここを大事にしているんだな」と気づいた。一方で、ダイナーのSWBの「ポジティブ感情の頻度」には、あまり反応しなかった。要は、自分にとって何が大事で何がそうでもないかを知る手がかりになったということです。

で、ここで大事なのが、定義と自分の感覚を行ったり来たりするということ。定義に触れて、自分の感覚を確かめる。確かめた感覚をもとに、また別の幸福観に触れてみる。すると、自分が何を幸福と感じるのかがより明確になってくる。このループを繰り返すうちに、少しずつ自分の幸福像が立体的になっていくと思うんです。

そもそも、なぜこんなにバラつきが出るかというと、一人ひとりの幸福感が、元々の性格生まれ育った環境、そして文化的な影響といった要因の組み合わせで形作られているからだと思うんです。例えば幸福の文化差の研究で言われているように、文化によって「自律的であること」と「人とつながっていること」のどちらに重きを置くかは違う。

だからこそ、研究に基づいた様々な幸福の定義は自分一人では絶対に気づけなかった視点を提供してくれる対話相手として機能する。自分の中にあったけれど言語化できていなかったものに、言葉を与えてくれる。

自分の幸福が見えてくると、人生の選択の指針になる

そして、自分にとっての幸福が分かるということは、そこが最も心地よく、最も力が出せて、最も安心できて、最もいたいと思う状態だと分かるということなんですよね。

だとすると、その状態にいられるような行動は何か、日常生活は何か、生活習慣は何か、人間関係は何か、社会の中で自分が果たすべき役割は何か、仕事は何か——そういう問いに対する判断基準が手に入る。

僕の場合だと、「正しい方向に進んでいる感覚」が幸福だと分かっているから、それを支える生活設計を選んでいける。早く寝る、思考の時間を確保する、コミットすると決めた仕事には全力を出す。逆に、刺激や派手な消費を中心に据えた生活を選んでも、たぶん僕にはハマらない。だから選ばない。これは別に禁欲しているわけじゃなくて、自分にとってのいい状態がそっちじゃないというだけなんです。

幸福を「達成すべきゴール」として外から与えられたものとして追いかけるのではなく、自分の人生の選択の指針として育てていく。そういう関係の持ち方ができると、幸福を考えるということが、ぐっと豊かになる気がします。

というわけで、今日は「幸福とは何か」というテーマを、歩きながら考えてみました。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったらぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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