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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.5.25
AIは人を幸せにするのか?──ミクロとマクロのねじれた関係 – 歩きながら考える vol.294
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、AIと幸福の研究をしていて見えてきた矛盾について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、ちょっと込み入った話をしてみようと思います。テーマは、僕自身の研究テーマでもある「AIと幸福」について。去年から財団の資金をいただいて、AIが働く人の幸福度にどう影響するかを研究しているんですけど、最近、当初の想定と現実がだいぶズレてきていて、頭を抱えています。歩きながら、その葛藤を整理してみようと思います。
AIに感じた可能性、「中年のおっさんでも変われる」かもしれない
まず、僕がこの研究を始めた当初に感じていた可能性の話から。
正直に言うと、僕がAIに可能性を感じたのは、「中年のおっさんでも、AIを使えば飛躍的な学習や成長によって自己変化を起こせるかもしれない」という、極めて個人的な期待感だったんですよね。
大人になってくると、人のあり方や価値観って固まってきますよね。そして、なかなか率直なフィードバックを受けるのが難しい立場になってくる。役職が上がったり年上になったりすると、偉い立場の人や年長者にはものを言いづらいし、「あの人はああいう人だから今さらフィードバックしても無理だ」って思われるものかもしれない。中年期になると、こう、自己成長に向けたきっかけが、若い時よりも圧倒的に減ってくる感じがあるんです。
ところが、AIはそういう限界を超える環境を作れる可能性が有る。プロンプトを工夫すれば、率直なフィードバックをいくらでも返してくれる。新しいことを学ぶ・トレーニングするパートナーになってくれる。これを使えば、たとえ中年以降であっても、人は大きな自己改善・自己変革ができるんじゃないか、と思ったんですよね。
しかもそれは、新しい知識を学ぶという学習の話だけじゃなくて、性格的に豊かな感情を開発するとか、より論理的に考える訓練をするとか、多面的な可能性がある。英語の練習相手としてもいいし、思考のスパーリングパートナーとしてもいい。AIは、中年以降の人間の可能性を再び開く道具になりうる──そう考えて、この研究を始めたわけです。
そして、この考え自体は今でも有効だと思っています。今のAIにはまだ機能的に足りないところもいっぱいあるんですけど、性能のアップデートが進めば、まさに使える存在、個人の幸福に大きく寄与する存在になっていく可能性はあると思います。

ミクロでは幸福を上げうるが、マクロでは下げるかもしれない
ところが、です。
研究を進めているうちに、だんだん見えてきたことがあるんですよ。それは、僕がやっている研究って、「人とAI」という小さなユニットのミクロな部分にフォーカスを当てているわけなんですけど、その間にも、AIを取り巻くマクロ環境がものすごい勢いで変わっていて、それが個人の幸福にとってはマイナスに作用するかもしれない、ということです。
直近で目に付く最たるものは、やっぱり仕事がなくなるという話。ホワイトカラーの仕事の多くがAIによって代替されていく。コードを書くとか、文章を書くとか、データを処理するとか、AIの方が優れている領域が確実にある。
これ、特に北米のテック領域では、もう現実のものになってきていますね。例えば、Meta、Microsoft、Googleといった大手テック企業による新卒採用は、2024年に既に前年比で大きく減少し始めているとのこと。さらに、Anthropic CEOのDario Amodeiは、AIがエントリーレベルのホワイトカラー職の半分を1〜5年以内に消失させ、失業率を10〜20%に押し上げる可能性があると警告しているそうです。
日本でも、マーケティング、法務、会計、人事、ITといった、AIに代替されやすい産業で雇用の縮小が進んでいるという分析がなされていますし、ホワイトカラーの仕事は最適化されていって、ポジションの数も減っていく。
そうすると、幸福の基盤になっているような、持続可能で十分な経済的収入を得る仕事の数が減る可能性がある。つまり、AIによって一部の個人の自己成長や幸福は上がるかもしれないけれど、社会全体としては幸福度が下がるかもしれない。

全力で走り続けないといけない世界
もう一つ、最近気になっているのは、AIをめぐる競争のあり方そのものです。
ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に、赤の女王が出てきますよね。彼女がアリスに言うセリフで「ここでは、同じ場所にとどまるためには全力で走り続けなければならない」というのがあるんですが、まさに今のAIをめぐる状況って、これに近いんじゃないかと思うんですよね。
AIを使って生産性を上げる、社会全体の幸福を向上させる──そういう前向きな議論をする以前に、今はもう、全力での競争になっちゃってる。企業も、個人も、国も、AIを全力で使って競争に勝ち残ろうとして走っている。立ち止まったら置いていかれるから、走らざるを得ない。
でも、その全力で走り続けるモチベーションが、必ずしも社会全体の富や幸福につながるわけではないかもしれないんですよね。気づいたら、「ウィナー・テイク・オール」のような状況になっているかもしれません。一部のAI基盤システムを開発・保有しているごく一部の人たちが、ものすごい富と利権を手にして、他の人にはほとんど配分が回ってこない、という可能性も十分にあるわけです。
そうなると、「果たしてAIは人を幸せにしたんだろうか」というマクロなレベルでの疑問が浮かんでくるのは、当然のことだと思うんですよね。個人レベルではAIで成長できた人がいても、社会全体としては、勝者と敗者の格差がさらに広がっただけ、ということになりかねない。

マクロとミクロを同時に、かつ切り分けて
というわけで、AIと幸福というテーマを扱う中で、AIが本当に幸福につながるのかどうか、ちょっと分析が難しくなってきたなと感じています。ミクロの世界で起こっている話とマクロの世界で起こっている話の両方を、同時に捉える必要が出てきた。
マクロな視点では、雇用の構造変化や富の集中といった問題が起きていて、それはそれで注視し、個人の幸福度への影響度を考慮していかなければならない。ただ、たとえマクロがそういう環境であったとしても、ミクロな視点で、個人の行動の中でどうやってAIを使うと工夫や幸福につながるのか、というところは、これはこれで考慮する必要があるんですよね。
マクロとミクロを同時に、かつ切り分けて分析をしないと、AIが人を幸せにするのかどうか、本当のところはわからないんだろうな、と思っています。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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