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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.5.21
少子化の手前にある「余裕の問題」——AI時代に考えること – 歩きながら考える vol.292
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、AI時代の「余裕」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近ぐるぐる考えていることを話してみようと思います。テーマは「余裕」。なんでこんなことを考えているかというと、余裕があるかどうかって、結局、社会の再生産、つまり結婚するとか子供を持つとかっていう、社会の最も基本的なところに大きく影響してるんじゃないかなって思うからなんですよね。将来にわたって「ちょっと余裕があるな」と思えたら、結婚とか子育てとか、消費を楽しむとか、そういう選択肢が出てくる。でも今の日本、お金の余裕もないし、時間の余裕もない。「結婚して子供持って」みたいな気が、なかなかしないっていうのが現状なんじゃないかと思います。
AIで楽になるはずなのに、なぜ余裕がないのか
これ、よく考えるとちょっとおかしな話で。今ってAIの時代じゃないですか。多くの仕事をAIが人間の代わりにやってくれるようになる。さらにこの後、フィジカルAIもどんどん実用化されていく可能性があって、そうすると肉体作業も含めて、あんまり「働く必要」っていうものがなくなっていく可能性があるわけですよね。
社会全体としては、楽になっていくはずなんです。でも、これがその余裕には繋がらない。むしろ逆で、AIによって若年層のキャリアの入り口がなくなりつつある。実際、米国では2023年1月から2025年6月にかけてエントリーレベルの求人が35%減少しているという話もあるようです。「キャリアの最初の階段」だった仕事が、AIで置き換えられていく。
すでにキャリアを積んでいる人も安泰じゃない。AIを使えば自分の仕事は確かに楽になる。でも、競争相手も同じくAIを使うわけです。そして競争相手は、楽になった分でさらに仕事を詰め込んでアウトプットを極限化させる。だから自分もそれに対抗するために、空いた時間でより付加価値の高い仕事を上乗せしないといけない。結果として、時間的な余裕も賃金的な余裕も生まれないんですよね。

ケインズの「週15時間労働」はなぜ実現しなかったか
実はこの「技術進歩がなぜ余裕に転換されないのか」っていう問い、けっこう古典的な問題でもあるんです。
経済学者のケインズが、1930年に「孫の世代の経済的可能性」というエッセイを書いていて、その中で「100年後、つまり2030年頃には、人々は週15時間くらい働けばいいようになるだろう」って予言してるんですよ。残りの時間は、どうやって余暇を豊かに過ごすか、文化的に生きるかっていう哲学的な問いに直面するだろう、と。技術進歩によって、そういう社会が実現するはずだった。
でも、現実はそうなりませんでした。生活水準はケインズの予想通り大幅に向上したのに、労働時間は予言ほど減らなかった。
僕なりに考えると、これは市場の競争と、労働環境を改善するインセンティブが経営側にあまり上がらなかったということが大きいんじゃないかと思います。特に日本の場合は雇用の流動性が低いので、労働環境を改善しなくても人がそう簡単には辞めない、という事情もあったかもしれません。

「卵を一つのカゴに盛る」方が合理的な時代
じゃあ、どうすれば余裕が生まれるのか。
僕の中で最近しっくりきている答えは、「生産手段を所有する側に多くの人が回らない限り、社会の余裕は生まれない」というものです。例えば、利益を生む会社の株を持っていれば、配当金が入ってくる。賃貸マンションを持っていれば賃料が入ってくる。働かなくてもゆとりが出てくる、というイメージです。
ここで面白いのが、人的資本の話なんですよね。投資の世界では「卵を一つのカゴに盛るな」とよく言われます。人にとって最大の資本は、自分自身が働ける能力、つまり「人的資本」です。これまでの伝統的な考え方では、「会社でその人的資本を使っているのなら、投資先は会社以外にした方がいい」と言われてきました。会社が倒産したら、給料と資産の両方を一気に失うから。
でも、もしかしたらこの常識を裏返した方がいいかもしれない、と最近思うようになりました。
「長期的にこの会社で働く」という前提を一度、自分の側から作りに行く。そして同時に、その会社の株を持つ。そうすると、こういうことが起きてきます。
(a) 会社に余剰利益が出れば、賃上げのインセンティブが生まれる。普通だと、利益が出ても経営判断として賃上げに回りにくいんですが、株主と従業員が同じ人たちなら、利益を賃金として戻すことへの抵抗が減ります。会社の利益=自分たちの利益になるから。
(b) 長期視点の経営判断が成り立つようになる。長期で働く前提なら、目先の賃金より、5年後10年後の食い口を確保する投資を優先するという判断もありえます。
(c) 株主還元をするにしても、株主=自分たちなので収入が増える。
つまり、労働者でありながら同時に資本側にも立つことで、その果実を自分たちで受け取れるようにする。これが、「余裕」を作り出す。
こういう「労働者であり、所有者でもある」という働き方は、学術的には「シェアド・キャピタリズム(Shared Capitalism)」と呼ばれています。

余裕がある社会の方が、人は続いていく
そして最初に話した、社会の再生産の話。結婚するとか、子供を持つとかっていう選択は、将来にわたって余裕があるという感覚がないと、なかなかできないものだと思います。今の少子化の議論って、つい結婚観や価値観の問題に行きがちなんですけど、その手前にあるのは、もしかしたらすごくシンプルな「余裕の問題」なのかもしれない。
そして、シェアド・キャピタリズムや協同組合的な働き方みたいに、働く人が同時に所有する人でもあるような仕組みを、もう少し本気で考えてみてもいいんじゃないか。それが、ゆとりのある賃金と働き方を実現する一つの方向性なのかもしれません。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひ「いいね」やフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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