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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ女性性・男性性(MAS)歩きながら考える

2026.5.18

フェミニズムと文化心理学が「内面化」というキーワードで繋がった話 – 歩きながら考える vol.289

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、社会規範の「内面化」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は、先週東京でちょっとワークショップの仕事があって、その後ご一緒した方々と食事をした時の話から、考えたことをお届けしようと思います。歩きながら、ゆるく話してみますね。

東京で聞いた「内面化」の話

先週、東京で仕事の後に親しくしてもらっているお姉さま方と食事をしてたんですが、その時の話で、なんか面白いなと思ったことがあったんですよね。それが、日本の女性として内面化されている社会規範の話だったんです。

家のことをやらなければならない、家事をしなければならない、子育てをしなければならない。仕事やキャリアの追求は、家のことが出来た上での話と。家に帰ると、なんとなく「お母さん、ご飯作ってくれるんでしょ」みたいな、言葉にはならない暗黙の前提があって、動かざるを得ない、作らざるを得ない。それを放棄すると家庭が荒廃していくのが目に見えている。落ちてるボールは自ずと拾ってしまう——そういう女性の社会的役割を内面化しているというお話でした。

聞いていて、なるほどなと思いました。もちろん男性の僕にも男性性の内面化というものはあって、「稼がなきゃいけない」「強くなきゃいけない」みたいな規範の内面化はあるんですけれども、女性の方々が話していた、その個人に対する強制力の深刻度って、ちょっと違う気がしたんですよね。

なぜ僕が文化の話をしているのか

で、この話に引っかかったのは、僕自身も日本文化の規範を内面化しているっていう実感を、ずっと抱えてきたからなんです。

僕がそもそもホフステードの話をベースに文化のことを扱ってるのも、これが理由ですね。日本に住んでいて、同時に海外にもいた経験があって、海外の人とも話をする。そうすると、明治以来の国民国家としての日本という枠組みの中で、独特な物の考え方や物の見方があって、それが自分にも内面化されている。これをどう自分として扱えばいいのか、ずっと試行錯誤しているわけなんですよね。

例えばアメリカとかイギリスに行くと、すごく感じるんですけど、自分が内面化している行動規範が自動的に作動するんです。それが感情と結びついていて、怖かったり、恐れを感じたり、居心地の悪さを感じたりする。自分の行動に、なんていうか、方向付けがされている感じがある。日本にいる時は不自由さを感じないんだけれども、海外に出ると不自由さを感じる。これをどうやってもうちょっと振り幅というか、柔軟性を持たせられるのか、ずっと考えてきたわけです。

「周りの調和を乱すから自己主張は慎重にしなくてはならない」とか、そういう感覚って、頭で「これは身体化された文化規範に過ぎない」とわかっていても、感情レベルで作動し続ける。それを逸脱することへの強い無意識的な抵抗感は、多くの日本人が共有しているんじゃないかと思います。

「内面化」というキーワードで見え方が変わる

で、女性の方々の話に戻るんですけれども、聞いていて、これは自分が抱えてきた話と同じ構造なんじゃないか、と思ったんですよね。

女性として「こうあらねばならない」という方向付けがされている。それは、日本人として「人に迷惑をかけてはならない」という方向付けがされているのと同じように、個人の自立性や主体性とは関係なく、無意識的に自分の行動を方向付ける。一度内面化されると、頭で理解しても感情として作動し続ける。「落ちてるボールは自ずと拾ってしまう」っていうのは、まさにこの構造を言い当てている気がします。

ジェンダーの話って、どうしても「男対女」みたいな対立の構造で語られがちなんですけど、「内面化」というキーワードを通して見ると、ちょっと違う風景が見えてくる気がするんですよね。それは、ある文化や社会の中で生きていくために形成された適応の所産が、時代や環境にそぐわなくなった時に、個人にどういう生きづらさをもたらすのか、という問題として捉えられる。

頭ではわかっていたんですけれども、「内面化」というキーワードを通すと、ちょっと見え方が変わるなって、すごく感じました。僕個人としては、この領域は専門ではないのだけど、ただ、一人の個人として、女性の方々の話に深く共感したというのが、今回一番大きかったところで。それは「内面化」というキーワードがあったから、自分の問題と接続できたんじゃないかと思っています。

研究対象としても、これは意義深いテーマだなと感じます。今の時代や環境にそぐわなくなった内面化されたものと、個人がどう向き合っていくのか。みなさんの中に内面化されているものは、何でしょうか。そして、それは今の自分にとって、まだしっくり来るものでしょうか。

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著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

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