Blog
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.5.14
AIで早いとこブルシット・ジョブを消滅させて欲しい話 – 歩きながら考える vol.287
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、AIのインパクトはやっぱり時間がかかるペーパーワークを削減してくれるところだと思うという話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日も移動時間を使って、最近考えていることをお届けします。今日のテーマは、AIが本当に変える仕事はどこか、という話です。世間の盛り上がりとはちょっと違う方向の意見になるかもしれませんが、歩きながらゆるく考えてみますね。
「自然言語でプログラミング」の衝撃と、その射程
最近、AIの話題でいちばん盛り上がっているのって、やっぱりプログラミング領域じゃないですか。Claude CodeとかOpenAIのCodexとか、エージェント的なコーディングツールがどんどん進化していて、サービスを作る速度が爆速化している。
で、そこから派生して、「自然言語でプログラミングできるなら、エンジニアじゃない人もプロダクトを作れるようになる」という話になっている。実際、僕の周りでも「コードを書いたことがなかった人が、自分用のツールを作っちゃった」みたいな話を聞きます。これは確かに、ある種のゲームチェンジャーだと思うんですよね。
ただ、なんですかね、僕はずっと「インパクトの本丸はそこなのかな?」っていう疑問を持っていて。だって、エンジニア的な仕事を自分でやろうと思う人って、AIが普及したとしても、そんなに多数派にはならないんじゃないかと思うんですよ。多くのデスクワーカーにとって、自分でアプリを作りたいわけじゃない。ウェブサイトもそんなに作らない。じゃあ、そういう人たちにとってAIの最大のメリットは何なのか、というのが今日の話題です。

デスクワーカーを蝕む「ブルシット・ジョブ」問題
ここで思い出したいのが、ブルシット・ジョブという概念です。人類学者のデヴィッド・グレーバーが提唱したもので、本人すら「これって意味あるのか?」と思っているのに、雇用条件上やらなければいけない仕事のことを指します。グレーバーの調査では、実に労働者の37%程度が「自分の仕事は世の中に意味のある貢献をしていない」と回答したそうです。
もちろん、グレーバーが言うブルシット・ジョブは、厳密には「完全に無意味な仕事」のことなので、僕たちが日常で抱えているペーパーワークのすべてがそれに該当するわけではありません。でも「本質的な価値は限定的かもしれないけど、形式も分量も決められたように作らなきゃいけない書類仕事」って、現代のオフィスにめちゃくちゃ蔓延してるなと感じるんですよ。
報告書を作るための報告書、申請のための申請書、形式を整えるためだけの修正作業。本質的な価値創造ではないんだけど、組織やルールの上では絶対にやらなきゃいけない。こういう周辺業務に認知的なエネルギーを吸い取られて、本当にやりたい本質的な仕事に注げる力が残っていないっていうのが、多くのデスクワーカーの現状なんじゃないかと思うんです。

論文投稿で出会った「臨床試験登録」という壁
これ、僕自身が最近、研究の現場で生々しく体験したばかりの話なんです。
実は今、ある雑誌に論文を投稿しているんですけど、若干医療系の香りがする心理系の雑誌なんですね。介入実験、いわゆるランダム化比較試験(RCT)のデータを取って分析した内容です。投稿してから1日後にエディターから「Decision」というタイトルのメールが来てですね、このくらいのスピードでDecisionメールが来るときは大体良くない知らせなので、これはもうリジェクトかと思ってめちゃくちゃ焦ったんですよ。さすがにレビューまでは行くだろうと思って書いた内容だったので。
開いてみたら、リジェクトじゃなくて「臨床試験登録(Clinical Trial Registration)をしてください」という要請でした。もともとは医薬品の効果を検証する医学系の試験で、倫理性や正当性を担保するために事前登録を行うものなんですけど、僕がやっているのはAIとのチャット介入実験なので、医学系の実験と比べると、正直そこまで踏み込んだリスクのある内容ではないんですよね。心理学領域では、まだそこまで臨床試験登録を必須にしている雑誌は多くない印象です。
困ったのが、日本のUMIN-CTR(大学病院医療情報ネットワーク臨床試験登録システム)を見てみたら、医学・薬学系の研究を主な対象にしている雰囲気で、自分の研究を登録できそうな感じじゃなかったこと。なので、英国のISRCTNというレジストリに登録することにしたんですが、何せ初めてのことなので、何をどう書けばいいのかさっぱりわからない。サブミッションガイダンスは細かく書かれているし、フォーマットも決まってる。事前登録が重要なのはわかるものの、まさにペーパーワーク。
これ、全部自分で読み込んで、項目ごとに「これは何?」って確認しながらやってたら、確実に1日仕事だったと思います。でも、AIにガイドラインを読み込ませて、「この欄には何を書けばいい?」って対話しながら進めていくと、これがめちゃくちゃ早い。データを取り始めた日付とか、自分でも全部記憶してないんですけど、過去の実験プロセスはコードや分析ファイルとして全部残ってるので、それらをAIに読み込んでもらって必要な情報を抽出してもらえる。自分の役割は正しいかどうかの確認をして正確な文章を記入していくこと。
研究の本質的な価値って、やっぱり、実験のデザインと、データを正当な手続きで取って、妥当な分析を行って、結果を解釈する、というところにあると思うんですよね。そこにエネルギーと時間を使いたい。でも実際には、事前の臨床試験登録、倫理審査、ジャーナル投稿のフォーマット調整みたいな周辺のペーパーワークが大量に発生する。これはこれで大事なんだけど、ここに認知リソースを取られると肝心の実験デザインや分析・解釈に頭の資源が残らない。AIはまさにここを効率化してくれる存在なんですよ。

本当に大事なのは「コンテキスト設計」じゃないか
これって、研究だけの話じゃないと思うんです。一般のオフィスワークでも行政でも、まったく同じ構造があると思っていて。
たとえば行政って、文書主義じゃないですか。正確な文章を書かなきゃいけない、形式が決まってる、用語も統一しなきゃいけない。それ自体は大事なプロセスなんですけど、そこに全エネルギーを使い切ってしまうと、「政策として何をすべきか」「効果はどうだったか」「次は何をするか」という本質的な検討に注ぐリソースが残らない。これは民間企業のデスクワークでも完全に同じことが言えると思います。
そう考えると、AIの本当のゲームチェンジャー性は、プロダクトを作れるようになったことよりも、個人や組織の文脈(コンテキスト)とAIをいかに繋げて、ペーパーワーク的な負担を激減させるかにあるんじゃないかと思うんですよね。
そのためには、AIエージェントの設計だけじゃなく、組織内のデータや個人の業務データをどうAIに連携させるか、どうコンテキストを最適化するかが、今いちばん重要な課題になってくる。プロダクトを作れる華やかさには負けるかもしれないけど、地味で広範囲な変革を起こしうる領域なんじゃないかと、最近強く思っています。
というわけで、今日は「AIの本当のゲームチェンジャーはどこにあるか」というテーマで歩きながら考えてみました。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
関連ブログ Related Blog
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)権力格差(PDI)歩きながら考える
2026.4.24
30年変わらない日中米の工場摩擦、たどると田んぼに行き着く – 歩きながら考える vol.277
今日のテーマは、30年以上離れた2本の映画を続けて観て驚いた話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくす... more
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)女性性・男性性(MAS)歩きながら考える
2025.12.23
M-1優勝「たくろう」のビバリーヒルズネタから考える、「みんなで笑える」ことの価値 – 歩きながら考える vol.194
今日のテーマは、先日のM-1で優勝したたくろうのビバリーヒルズネタをなぜ面白いと思ったのか、ということについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとした... more
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)女性性・男性性(MAS)権力格差(PDI)歩きながら考える短期・長期志向(LTO)
2025.5.1
「へりくだる」ことは美徳か? – 歩きながら考える vol.34
今日のテーマは「へりくだる」ことの文化差に関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題を平日... more