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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2026.5.11

AIで効率化してたら、本質的に頭が悪くなっていたかもしれない話 – 歩きながら考える vol.284

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AI使うと脳の配線が変わって頭が悪くなるかもしれない話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近自分の身に起きたちょっと面白い体験について話してみようと思います。AIで読解力が落ちてる気がするっていう、ずっと感じてた違和感と、それが思いがけず回復した話です。

長文を読むことを「非効率」と感じ始めていた

最近、長い文章を読むことに対して、なんか非効率だなと感じ始めている自分がいたんですよね。論文とかニュース記事とか、頭から最後まで丁寧に読むのって、すごい時間かかるじゃないですか。ここで近年はAIが登場したわけです。

実際、アウトプット出すために大量の文書を高速で処理しなきゃいけないとき、AIに要約させたり、マインドマップ作らせたりして、ざくっと中身を把握しますね。で、それ以上精読する必要ないなって判断したら、もう本文は読まない。これが効率的で、情報処理のスピードが上がった気がしてました。

ただ、ここで「これ、まずいんじゃないかな」と思い始める瞬間があって。効率的に情報処理を進めている(気がする)一方で、なんか本質的に頭が悪くなっていってるんじゃないかっていう感覚があったんですよ。情報は確かに入ってる。でも、それを深く理解して、自分の中で噛み砕いて、何かに繋げる──そういう知的な体力みたいなものが、じわじわ落ちてる感じ。これがちょっと怖かった。

朝起きたら、脳の配線が変わっていた

転機は、自分の論文がリジェクトされたことでした。リジェクトの理由は、ストーリーテリングの問題、つまり分かりにくさです。読み返してみると、確かにわかりにくい。これじゃ伝わらないなと。

で、そこから3日間、自分の文章をひたすら読み直して書き直す作業をしたんですよ。文章構成を全部考え直して、書き直して、書き直したものをまた何度も読んで。1単語1単語のつなぎ、文と文の組み立て、パラグラフの構造──そういう細部にまで意識を集中させて、自分の文章をめっちゃ精読するっていうことを、再提出までずっとやってたわけです。

そしたらですね、ある朝起きたら、頭の中の配線が変わってる感覚があったんですよ。なんていうか、ぱっと文章を見たときに、その意味が一瞬で入ってくる状態になってる。論文だけじゃなくて、ニュースのウェブサイトをぱっと開いたときも、紙面全体の意味が瞬時に把握できる。長い英語の文章でも、ぱっと見ると、なんかすっと意味が入ってくる。

あれ、これ何が起きたんだろうと。3日間、自分の文章を精読してただけなのに、他の文章も読めるようになってる。これがちょっと不思議な体験で、今日はこの話を共有したかったんですよね。

精読が衰えると、理解力そのものが落ちる?

ここで思ったことがあって。3日間の精読の前と後で何が違ったかというと、たぶん「精読する脳の配線」が衰えていたのが、戻ったんだろうと思うんです。Use it or lose it(使わなきゃ失う)っていう言葉が脳神経の世界にはありますけど、まさにそれで、使ってなかったから弱ってたわけです。

ただ、これ、僕の感覚なんですけど、精読の能力って、単に「読む」能力だけの話じゃないと思うんですよ。3日間の精読の後に戻ってきたのは、文章が速く読めるようになったということ以上に、物事をちゃんと理解する力そのものだった気がするんです。

精読する脳の配線って、たぶん物事を深く理解する脳神経回路と繋がってるんじゃないかと。僕は脳科学の専門家じゃないのでちゃんと調べてないんですけど、自分の感覚としては、精読をサボってる間、読解力だけじゃなくて理解力そのものが落ちてた気がするんですよね。だから「本質的に頭が悪くなっていく感じ」がしてたのも、これと繋がってるんじゃないかなと。

これがもし本当だとしたら、AIに精読を代行させ続けると、ただ「文章を読まなくなる」だけじゃなくて、世の中のいろんなものを深く理解する力そのものが衰えるってことになる。これはちょっと、笑い事じゃないなと思うんですよ。

「精読の聖域」をどう作るか

じゃあどうすればいいのか、というところなんですが、僕の体験から言うと、極限まで集中して一字一句が頭に入るような読書時間を確保することが大事なんじゃないかと。

僕の場合は、自分の文章をどうしても査読通したかったから、必死で3日間ぶっ続けでそういう時間を作ったわけです。でも、こういう精読の時間って、別に自分の文章じゃなくても作れるはずなんですよね。例えば、好きな書き手の文章を何度も何度もなめるように読むとか。「この人の文体好きだな」っていう小説家でもいいし、「こういう論文書けるようになりたい」っていうお手本の論文でもいい。それを徹底的に読み込む。

ここで一つ立ち止まって考えたいのが、「AIで脳が退化するから使うな」みたいな話です。これに対しては「いや、機能が入れ替わってるだけ」という反論もよくありますよね。精読は弱くなったけど、AIを使いこなす力は強くなってる、と。

ただ、僕はこの「前のものを捨てて新しいものを得る、で実質ゼロ」っていう考え方は、ちょっと思考停止だと思うんですよ。だって、両方残す方法を考える方が、はるかに建設的じゃないですか。実際、僕は3日間の精読で読む力が戻った後も、AIは普通に使い続けてます。両立は十分可能だと思いますね。

AI時代に必要なのは、AIをやめることでも、精読を諦めることでもなくて、「これは精読する」という時間を意識的に持つことなんじゃないかと思います。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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