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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.5.1
AIで「市民」を作る研究の話:シリコンサンプリングを日本で行う方法- 歩きながら考える vol.281
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、AIエージェントとして「市民」を作って調査や政策に生かす話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近気になっているシリコンサンプリングっていう話を、歩きながら考えてみたいと思います。マーケティング・リサーチと社会調査とAIの接合領域で、ちょっと面白い動きが出てきていて、これがアジアの文化圏でどう使えるのかなっていうのを考えていきたいなと。
「AIで市民を作る」っていう新しい調査手法
まず最初に、シリコンサンプリングって何っていう話から。これは、消費者とか市民をAIエージェントとして模擬的に作って、市場調査や社会調査に使おうっていうアイデアなんですよね。要は、リアルな人にアンケートを取る代わりに、AI上で模擬市民・模擬消費者を大量に作って、そこに「この製品どう思う?」「この政策に賛成?」みたいなことを聞くわけです。
これ、僕的にはアンケート調査の延長線上にあるものだと思っていて、何が画期的かというと、調査と政策策定のプロセスがより緊密に繋がり、「行ったり来たり」になる可能性があるところ。普通の調査だと、調査票を作って、調査して、データ集めて、分析して、報告書を書いてっていうプロセスで何ヶ月もかかるじゃないですか。でも、シリコンサンプリングなら、その場でフィードバックが返ってくる。シミュレーションでしかないんだけど、それなりの精度があるなら、政策作る段階でも、具体策についての評価に関しても、シリコンサンプルの回答者プールに投げてみて反応を見て、政策をファインチューニングしていくという方法が出来るかもしれないわけです。
僕自身、京都市の市民幸福度の調査に関わっているので、一般市民をAIエージェントとしてモデル化して、そのAI市民との対話を通じて政策を磨き上げたり、評価を聞いたり、アイデアを出してもらったりできないかなと考えてやっているわけです。

スタンフォードの研究:1,052人のアメリカ人をAIにした
じゃあどうやって作るのかというと、ベースにできそうな先行研究があって、スタンフォード大学のJoon Sung Parkを筆頭著者とする研究グループが2024年に「Generative Agent Simulations of 1,000 People」というプレプリント論文を出しているんですよね。1,052人のアメリカ人にAIで2時間のインタビューをして、その音声記録を元に、それぞれの本人を模擬するAIエージェントを作ったっていうもの。一般的な社会調査への回答に関して、85%くらいの精度で再現できたそうです。
で、僕も真似して京都市民でやってみようかなと思って、論文を読み込んでみたんですけど、使っているのがAmerican Voices Projectという既存の半構造化インタビュープロトコルなんですよ。これ、平均で一人あたり2時間、トランスクリプトで6,500語くらいのインタビューになる。これを見て、「これ、日本で再現するの結構大変そうだな」って思ったんですよね。それは単に労力の話だけじゃなくて、もっと根本的な違和感があったんです。
質問の立て方に埋め込まれた「文化的前提」
何が違和感かっていうと、研究で使われたインタビュープロトコルの第1問を見たときのことです。「Tell me the story of your life — from your childhood, to education, to family and relationships, and to any major life events you may have had.」つまり、「あなたの人生の物語を語ってください — 子供時代から教育、家族、人間関係、そして経験した大きな出来事まで」っていう問いから始まるんです。
これ、僕、回答者としてやってみたんですけど、もちろん答えられないことはないんですよ。コーチングのセッションとかで、自分の人生のエネルギーグラフみたいなのを書いて振り返るワークってありますよね。だから、できる人はできる。でも、いきなり「あなたの人生を語ってください」って言われて、日本の人ってそんなに語れるもんかなっていう違和感があったんですよね。なんか、自分の人生を文脈から切り離して、ライフストーリーとして単独で語ることに、ちょっと抵抗感がある。少なくとも、自然な質問には聞こえなかった。
これ、たぶん個人主義的・相互独立的自己観が主流の文化圏では、自然な聞き方なんですよ。自分は独立した存在として生まれてきて、自立性や自尊心を持って生きていく — そういう前提があれば、「自分について語る」のは熱量を持ってできることになる。むしろ楽しい時間になると思います。でも、集団主義的傾向があり、相互協調的自己観が主流の日本だと、社会の中で、世間の流れの中で、会社で、家庭で、っていう文脈の中で自分を位置付ける方が自然なことがあるわけです。
もう1つ、インタビュースクリプトでは「価値観について教えてください」的な抽象度の高い問いも出てきます。これも、西洋的な文脈なら「自由が大事」「公正な社会が尊い」「人権が大事」みたいに答えるのに慣れている人が多いのかもしれない。でも、日本でいきなり「あなたの価値観は?」って聞かれて、すっと答えられる人ってどれくらいいるんだろう。「他人に迷惑をかけないこと」とかが浮かぶかもしれないけど、それを「価値観」と呼ぶのも、なんかしっくりこなかったりする。
それよりも、「日常生活で特に嬉しかった出来事は?」とか「最近、これは美しいなと感じたのはどんな瞬間?」みたいに、具体的な感情に紐づいた聞き方をした方が、価値観に近いものが浮かび上がりやすいんじゃないかと思うんです。価値観って、感情に紐づくものなので、抽象度を上げて聞くより、具体の中から想起してもらう方が、日本人には答えやすいんじゃないか、っていう感覚があります。

手法の問題ではなく「聞き方」の問題
ここで、ちょっと整理してみると、シリコンサンプリングそのものは、技術的には文化中立的に作れる手法だと思うんですよね。LLMはすでに多文化のデータで訓練されているし、原理的にはどの文化圏でも使えるはず。
でも、現在実装されている入力プロトコル(AVPみたいなもの)は、明らかに個人主義的自己観を前提にしている。つまり、「あなたは何者ですか」「あなたの価値観は」みたいな自己同定型の質問でインプットを取っている。これをそのまま日本に持ち込んで使うと、たぶんインタビューの段階で薄い情報しか取れなくて、結果としてAIエージェントの精度も落ちるんじゃないかなと思っています。
逆に言うと、相互協調的文化圏に合わせて、「日常生活でどんな出来事に喜びを感じましたか」「家庭ではどんな役割を担っていますか」「職場ではどう振る舞いますか」みたいに文脈埋め込み型の質問でインプットを取れば、その文化圏の人たちの自己観に沿った形で情報を吸い上げられるかもしれない。
そして、エージェントが回答するときも同じで、西洋型エージェントが「私はこう思う」で答えるのに対して、日本型エージェントは「この文脈なら、こう判断する」という条件付きの回答構造を持つ方が、実態に近いんじゃないかと思うんですよね。これは、シリコンサンプリングをアジアで使うときの、結構本質的な論点になりそうな気がしています。
というわけで、今日はシリコンサンプリングという新しい手法について、歩きながら考えてみました。テクノロジーの話に見えて、実は文化心理学の話でもあり、社会調査の方法論の話でもある、っていうのが面白いところだなと。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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