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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ女性性・男性性(MAS)歩きながら考える
2026.4.27
今も日本は「男性性」の国と言えるのか – 歩きながら考える vol.278
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、ホフステードの言う「男性性」という文化次元について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日もですね、ちょっと飲み会に向かう途中なんですけど、歩きながら話してみようと思います。昨日の『ガンホー』の話の続きで、今日は日本の「男性性」について考えてみたいんですよね。
『ガンホー』の世界観と、男性性スコア95
昨日も紹介した『ガンホー』という1986年の映画。アッサン自動車という架空の日本企業が舞台で、漢字で書くと「圧惨」なんですよ。この段階で組織文化が透けて見えるという笑。
オープニングから衝撃的で、管理職研修のシーンから始まります。鬼教官みたいな人に竹刀でぶっ叩かれながら絶叫している。工場長は家庭も健康も犠牲にして、1台の欠品も許さないというプレッシャーの中で働き続ける。超ハイパーブラックな世界が描かれているわけです。
で、この映画を見て思ったんですよ。ホフステードの文化次元で、日本の男性性スコアは95。これ世界でも突出して高い数値なんですよね。男性性っていうとジェンダーの話かと誤解されやすいんですが、意味としては「勝ち抜くこと、成功すること、目標を達成することを重視する」という価値観の次元です。
で、今日考えたいのは、この「日本は男性性の国」というラベル、今も妥当なのかということなんです。というのも、「ホフステードのモデルはわかりやすいけれど、男性性・女性性に関してだけは納得できない。今の日本の男性性ってそこまで高くないんじゃないですか?」という話を常に聞くからです。

「男性性高いんじゃないの?」と思える現象は、今も見られる
素朴に考えると、男性性が高いとこうなるんじゃないかと思える現象は、今の日本でも日常のそこかしこで観察できますね。
たとえば「100点主義」。子どもが90点を持って帰ってきたとき、「よくやったね」より先に「残り10点は何を間違えたの?」と聞いてしまう。失敗を許さない、減点法で評価する感覚って、学校にも職場にも根強いんじゃないですかね。
あるいは「大学名や会社名での値踏み」。どこの大学、どこの会社、役職は何、で相手を値踏みしてしまう。会合でもSNSでも、所属を知った瞬間に態度が変わる場面って、結構ありますよね。成功していれば称賛するけれど、そうでなければスルーされる。
そして「家庭より仕事」。育休を取る男性管理職がニュースになること自体、標準がそうではないことを物語っている気がします。
これらは男性性が言う「勝ち抜く」「目標必達」「成功称賛」という価値観と整合的で、95という数字は決して古びた話ではないと思えるわけです。

ただ、時代の余韻かもしれない
ただ、ここで一つ頭をよぎることがあって。ホフステードの調査データって、1967年から1973年にIBMの従業員を対象に取られたものなんですよね。回答した人たちは当時30~50代くらい。つまり、10代から大学卒業直後に敗戦を経験した世代が答えたデータなんですよね。
敗戦の焼け野原からの再出発。自然も資源もなく、インフラも破壊された状態で残された日本で、人々が手にできた選択肢って、そこから頑張るということしかなかったのかもしれない。そういう条件下で価値観を聞けば、「出世したい」「豊かになりたい」「成功したい」という答えが集中するのは、ある意味当然なんじゃないかとも思うわけです。
だからホフステードが測ったデータの中にはそのタイミングで日本に含まれていた特殊要因——敗戦や戦後復興という条件——を濃く映し込んだものだった可能性もあるな、と思うわけです。
こういう個別の国の特殊要因って、敗戦に限らずどの国にもいろいろあって、全世界規模の社会調査というのはそれがどうしても入ってしまうものなんだと思います。ただ、「だから数値は信用できない」と切り捨てるんじゃなくて、さらに一歩深く文化を考えるきっかけにすればいいんじゃないかと、僕は思うんですよね。

文化は「地層」みたいなもの、と考えてみる
男性性が高いと思える現象は今も見られる。でも時代の余韻かもしれないというのも、正しいかもしれない。これをどう捉えるか。
最近僕は、文化って地層みたいなものと考えるといいんじゃないかと思っています。
日本の場合、長いこと人口の大半が農村で稲作に従事していた。だから稲作農村の規範が、社会の底層に結構強固に残っている。トーマス・タルヘルムのRice Theoryの研究では、稲作の共同作業が集団主義の一因になっていると言われています。
もう一つ面白いのが、速水融先生の勤勉革命。普通、生産性を上げるには家畜や農具といった資本を投入するわけですが、江戸時代の終わりの日本は、家畜の数が減っているのに生産量は上がっている。どうやったかというと、人間の働き方を周囲と協力しながら極限まで効果的にすることで、労働力を集中投下して生産性を上げた、という話なんです。これも日本の古層としてある。
で、敗戦してそこから復興するというタイミングで、地殻変動のように外部から強い力がかかり、これらの古い地層が表面に隆起したのではないかと思うわけです。
極限まで一人一人の働く力を出していく。しかも自己主張や個人のニーズを抑え込んで、集団で働き会社を成功させることに集中する。『ガンホー』にも、日本人社員が妻の出産にもかかわらずやむなく仕事しようとするシーンがあるんですけど、家庭の要素を徹底的に切り捨てる働き方が成立していた。女性が専業主婦だったから、なおさらそういう体制が取れたんだとも思います。
そうやって勤勉革命的な働き方で戦後復興を成し遂げる。「日本という船」が大きくなるから、乗っている自分たちも豊かになる。さらに「会社という船」も大きくなるから、会社に乗っている自分たちも豊かになる。その中で出世して個人としても豊かになる。この流れが非常に自明であったがゆえに価値観として内在化された。それが男性性95というスコアの正体なんじゃないかとも思うわけです。

まとめ:古い地層は、社会の底に眠っている
今は戦後復興期のような外部環境の圧力はないので、こういう生々しい古層が表面に出てきている状態にはない。ただ、確実に社会の中にはまだあるのではないかと思うんです。
何らかの地殻変動が起きたとき、またいわゆる男性性95と言われるような現象を、僕らは見ることになるかもしれない。ホフステードのスコアも、ただ古いデータとして切り捨てるんじゃなくて、日本社会の深いところにある層が、ある時代の条件で隆起した瞬間の記録として読むと、また違った意味が見えてくる気がします。ま、この辺りは実証研究が必要ですね。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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