YASUSHI WATANABE.COM

日本語 ENGLISH

Blog

ブログ歩きながら考える

2026.4.23

競争は、AIを怪物にするのか? – 歩きながら考える vol.276

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AI開発競争とそのブレーキのかけ方について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近気になっているニュースから考えたことを話してみようと思います。きっかけは、2026年4月17日の日経新聞の記事。「アンソロピック辞めた研究者『世界は危機に』 開発競争で理念が無力化」という見出しで、Anthropicで安全性研究をしていたMrinank Sharma氏が2月に退職した話が取り上げられていました。これ、海外のテック業界の話に見えて、AI開発競争をどうするかという、もっと大きな問題を投げかけている記事だなと思ったので、歩きながら考えてみます。

安全性より開発スピード、という構造

まず記事の内容から。Anthropicって、ChatGPTを作ったOpenAIと比べて、AIの安全性や倫理に気を配る企業というイメージがあるじゃないですか。で、そのAnthropicでセーフガード研究チームのヘッドを務めていたSharma氏が、「世界は危機に陥っている」という手紙を残して退職したんですよね。記事によると、手紙には「在職中、自分たちの価値観を行動の指針とする難しさに直面した」と書かれていたそうです。

何が起きているかというと、安全性研究者が開発競争のプレッシャーに対応できてなさそうということなんですよね。Anthropicは4月7日に「Claude Mythos」という新型モデルを限定公開したんですが、これが銀行へのサイバー攻撃に悪用されかねない性能を持っていて、FRBのパウエル議長と財務長官のベッセント氏が大手銀行CEOらと緊急会合を開く事態にまでなったとのこと。安全性に配慮している「はず」のAnthropicですら、競争の中でそういうリスクを抱えたモデルを出さざるを得ない。ある米Google社員は記事の中で「どれだけ崇高な理念があっても、開発競争の前には無意味だ」と語っているんですよね。

ちなみに同じことは、個人レベルでも起きていると僕は見ています。今、エンジニアの世界を見ていると、AIを使いたいか使いたくないかに関係なく、もうマックスに使わざるを得ない状態になっている。使わなかったら、他の人が自分より短時間で質の高いアウトプットを出してくるから。競争圧力があると、個人の性格とか価値観に関係なく、依存せざるを得なくなる。スキルの劣化や主体性の低下といった問題も、僕のAI依存研究の文脈ではここにつながってきます。

競争そのものは否定できない、でも

じゃあ競争を止めればいいのか、というと話はそう簡単じゃない。

人類の科学技術の進展って、常に競争がドライブしてきました。企業間競争、国家間の競争、冷戦下の宇宙開発競争。今日の医療も情報技術も、競争が生んできた恩恵と切り離しては考えられないわけで。「競争をやめよう」と言うのは簡単だけれど、それによって発展してきた様々な技術の恩恵をどう考えるのか、という点には注意深くある必要があると思うんです。

だから問題は、「何をめぐって競争するか」を設計し直すことなんですよね。そしてAIに関しては、なるべく早いタイミングで競争設計とインセンティブ構造が変わらないと、まずい方向に進む可能性があると思っていて。

今は性能向上全振り、最大活用全振りで進んでいて、安全性やセキュリティへの配慮は後回しになっている感覚があります。特に今、AIエージェントやClaude Codeみたいなツールを使って、セキュリティや安全性の知識が乏しい人がソフトウェアやシステムを作るということが起きている。ノンエンジニアがエンジニアの仕事をできるようになるインパクトがあまりに大きくて、そちらにアクセル全開になっている状態。

今のAIの性能だとそこまで大きな事故にはならないかもしれないけれど、これがもっと高性能になってくるとどうか。例えるなら、遊園地のゴーカートでアクセルベタ踏みしている状態から、素人がスポーツカーやレーシングカーでアクセルベタ踏みする状態に変わっていくかもしれない。そうすると、事故のレベルも凄惨なものになる可能性があるんじゃないかと思うんですよね。

規制設計、ヨーロッパ型かアメリカ型か

じゃあ具体的にどうするか。これは政策的に規制を入れるのか入れないのか、入れるとしたらどういう入れ方か、という話になってくると思うんですよね。

大きく分けて二つの方向性があると思っていて。一つはヨーロッパ型のガイドライン規制。やっていいこと、やってはいけないことを事前に細かく定めるやり方ですね。もう一つはアメリカ型の事後罰則型。自由にやっていいけれど、事故ったらとんでもない額のペナルティを課す。これを明確化しておくことで、不用意な利用を控えさせるやり方。

これ、ホフステード的に言うと不確実性の回避の高低に対応する規制のあり方なんですよ。ヨーロッパは不確実性回避が高めで、事前にガチガチにルールを固める。アメリカは不確実性回避が低めで、市場に任せて事後対応する。

どっちがAIに合うかなと考えると、僕はアメリカ型の方が合っているような気がするんですよね。新しい技術の開発なので、不確実性回避は低めでやっていきたいという話がどこの国にもあるはずだから。ガチガチのガイドラインで縛ると、結局その国だけ開発が遅れて、他の国に全部取られてしまう。それよりも、どこの国でオペレーションしていても、変なことをしたらとんでもないことになるというのを明確化して、それを世界的なコンセンサスとして取ることの方が現実的なんじゃないか。

競争そのものは止めない。でも、事故った時のコストを競争のプレイヤー全員に等しく重くのしかかるようにする。そうすることで、競争の軸の中に自然と安全性への配慮が組み込まれていく。これが、今考えられる現実的な方向性なんじゃないかなと、歩きながら思っているところです。

まとめ

というわけで、今日はAnthropicの研究者退職のニュースから始まって、AI開発競争の設計をどう変えるかまで考えてみました。競争の恩恵は否定できない、でも今のアクセル全開状態のままだと、いずれ凄惨な事故につながりかねない。だからこそ、事後罰則の世界的コンセンサスみたいなインセンティブ設計が早めに必要なんじゃないかと。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったらぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

関連ブログ Related Blog

AIが『最近、人と話してないですね』と言ってくる未来。これって幸福? – 歩きながら考える vol.216

ブログ歩きながら考える

2026.1.27

AIが『最近、人と話してないですね』と言ってくる未来。これって幸福? – 歩きながら考える vol.216

今日のテーマは、AIが生活スタイルに関して即時フィードバックをしてくる未来と幸福感について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだ... more

AIが経営会議に入ったら、日本の会社はどう変わるか – 歩きながら考える vol.100

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)歩きながら考える

2025.8.6

AIが経営会議に入ったら、日本の会社はどう変わるか – 歩きながら考える vol.100

今回は、キリンの経営会議にAI役員が参加するようになった話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる... more

AIには「来歴」がない?東アジアで進むAI実装の未来と信頼の条件 – 歩きながら考える vol.76

ブログ歩きながら考える

2025.7.2

AIには「来歴」がない?東アジアで進むAI実装の未来と信頼の条件 – 歩きながら考える vol.76

今回は、人がAIを信頼する条件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平... more