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ブログ歩きながら考える

2026.4.17

AIがあれば研究者は要らない? – 歩きながら考える vol.272

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、社会科学におけるAI自動化はどこから始まるか、という話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は、日経新聞に載っていた記事を読んで考えたことを話してみようと思います。元は日経バイオテクの記事で、ラボラトリーオートメーション協会日本生物物理学会が共同で、AIが論文を執筆・査読できる体制の構築を始めた、という話。AIが自律的に実験計画を立て、データを取り、論文を書いて投稿するところまで、技術的にはもう可能になりつつあるそうです。

で、これを読んで僕が考えたのは、「じゃあ社会科学ではどうなのか?」ということ。結論から言うと、社会科学でAIの自動化が始まるのは、論文ではなく、社会調査からだと思っています。歩きながら、その理由を考えてみます。

自然科学ではもう始まっている

まず自然科学の話。記事によると、AIはバイオ・創薬分野ですでに広く使われていて、化合物のスクリーニング細胞培養の自動化製造条件の最適化などに活用されているそうです。さらに、AIが自律的に実験データを論文にまとめ、学術誌に投稿することも技術的には可能になっている。

これは、自然科学の特性と関係があると思います。自然科学の多くの領域では、「こういう条件でこういう操作をしたら、何が起きたか」というファクトそのものに価値がある。実験結果の記述が論文の核心であり、そのファクトの価値は非常に重い。だからAIが実験計画から執筆まで一気通貫で処理するという発想が成立しやすいのだろうなと思ってます。

社会科学の論文は「だからなんなのか」が核心

一方で、社会科学はちょっと事情が違うんですよね。

少なくとも僕の領域、つまり社会心理学組織行動論の分野で、AIが自律的に論文を書ききって、投稿して、査読を通すというのは、2026年4月の今の段階ではちょっと難しいだろうと思っています。プロンプトとコンテキストをちゃんと設計すれば、体裁の整ったものは出してくると思いますが、正直、そんなに面白いものは出てこないだろうなという感じがします。

なぜかというと、社会科学の研究は、そもそもの出発点が違うからです。「だからなんなのか?」「それは次のどんな問いにつながるのか?」「その知見で社会はより良くなるのか?」ということを考えていて、それを議論するためにデータを取りに行ってファクトをそろえる。しかし、そもそも社会は複雑だから、一つのファクトが何を意味しているのかの解釈は非常に難しい。

だから、ファクトを集めた後に、それを理論に基づいて解釈するという仕事がすごく重い。どうしてそうなったのか?それは何を示唆するのか?は一義的に決まるものではないわけです。で、そこをフィードバックなしにAIが書ききるのは、今のところちょっと難しそうだなと思っています。研究コミュニティの中で「これは価値がある」と認められるようなものを、AIが自律的に判断して書くには、まだ人間のこまめなフィードバックが足りない、ということなのかなと。

社会調査こそAI自動化の本命

じゃあ社会科学でAIの出番がないかというと、全然そんなことはなくて。むしろ、社会調査の領域では、AIの方が人間よりうまくやれる可能性すらあるなと思っています。

たとえば、幸福度調査のように、毎年測定することが決まっている調査票に基づいた調査の実施と分析。回答者のランダムサンプリング、Webでの通知とリマインド、回答データの精査(ここでこう答えているなら、こっちの回答はこうじゃないとつじつまが合わない、みたいなチェック)、品質を満たすまで調査を続けること、集まったデータのクリーニング欠損値処理。これ、全部やり方が決まっている話なんですよね。人間がやると、正直、ただの作業になってしまう。

さらに面白いのは、分析のフェーズでもAIの方が良い可能性があるということです。こういう社会調査って、仮説を検証するためにデータを取っているというよりも、探索的に何が起きているかのシグナルを発見するという性格が強い。そうなると、分析の切り口は無数にある。人間がやると、どうしてもその人の直感持っている仮説に引っ張られて、分析の幅が限定されてしまう。

でもAIなら、計算資源さえあれば、全パターンを網羅的に試すことができる。たとえば、若い世代の幸福度が下がっているという現象がある一方で、同じ世代の時間の使い方や人間関係がこう変わったみたいなことが見られる。そういうデータを横断的に分析して、「このセグメントで、こういう動きが複数見られる」という束を提示することは、多分AIにできる。

で、そこから先、つまりそのパターンの束を見て、「これは何を意味しているのか」を感じ取り、仮説を立てるのは人間の仕事。AIが発見し、人間が解釈する。この分業が、社会科学におけるAI活用の現実的な出発点になるんじゃないかと思っています。

その先にあるもの:調査から社会シミュレーションへ

で、この話をもう1歩進めると、マルチAIエージェントによる社会シミュレーションの話につながるんですよね。

社会調査で現状を知る。それに基づいて、AIエージェントのシミュレーション環境を作り、そこで「もしこうだったら?」を試す。つまり、社会科学が「記述」から「実験」へと拡張していく。この調査と社会シミュレーションの接合性は、すごくいいなと思っていて、おそらくこういう方向に進んでいくんじゃないかなという気がしています。

「AIが論文を書く時代」と聞くと、なんだかSFっぽい話に聞こえるかもしれません。でも社会科学に限って言えば、AIの本命は論文のもっと手前、つまり調査のオペレーションと探索的分析にある。そして、その先に社会シミュレーションという大きな可能性が待っている。そういうところから、社会科学のAI活用は静かに、でも確実に始まっていくんじゃないかと思います。

というわけで、今日は「社会科学のAI自動化はどこから始まるか」について、歩きながら考えてみました。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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