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今日のテーマは、AIは人間の意思決定能力を鍛えるのか、それとも弱らせるのかについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日も歩きながら、最近ずっと考えていることを話してみようと思います。今週はAI依存の論文をずっと書いていて、その中で「AI疲れ」について考える機会がありました。AIを日々使って仕事をしている中で、なんとなく疲れる、気分が冴えない。これ、依存の問題とはちょっと違う要因もあるんじゃないかなと。で、そこを掘っていったら、面白いところにたどり着いたので、今日はその話をしてみます。
AIとの仕事は、なぜこんなに疲れるのか
前回の記事ではAIを使うことで生産性が上がっているのに気持ちがすり減る、という話をしました。今日はその「すり減り」の、依存とはまた別の原因について考えてみたいんです。
僕がAI疲れの原因として最近感じているのは、判断しなきゃいけない頻度とスピードが爆発的に上がっているということです。AIのレスポンスってとにかく早いんですよね。「この資料調べてまとめて」って頼むと、人間の部下なら半日かかるところを、AIエージェントは数分で「できました」って持ってくる。ちょうどClaudeのCoworkが先日一般公開されたこともあって、使い始めた人もいると思いますが、AIエージェントに仕事を任せると、確認して、判断して、次の指示を出すというサイクルが、人間の部下とのやり取りとは比較にならないスピードで回るわけです。
これ、考えてみれば当たり前の話で、ダニエル・カーネマンが『ファスト&スロー』で示したように、人間の思考には速い思考(システム1)と遅い思考(システム2)がある。AIのアウトプットを評価して次の判断につなげるというのは、まさにシステム2的な作業です。意識的に考えて、吟味して、決める。カーネマンによれば、システム2は認知的リソースを大量に消費する。これを高速で何度も繰り返せば、脳が疲弊するのはある意味当然なんだと思います。

でも、人間はこの疲れに「慣れる」んじゃないか
ここまで聞くと「じゃあAI時代は永遠に疲れ続けるのか」と思うかもしれませんが、僕はそうは思っていません。
なぜかというと、人間の脳は可塑性の高い器官だからです。実際、こういう高頻度の意思決定をすでにこなしている人たちがいます。会社のシニアマネジメント、特に社長みたいな立場の人って、1日に何回意思決定するかわからないくらいの判断をこなしてますよね。細かいところまで全部自分で決めたいタイプの社長だったら、数分おきに次々と判断を下している。でも、そういう仕事を長年続けている人は、そんなに疲れていない。少なくとも、それで倒れてはいない。
つまり、これは筋トレと似ているんじゃないかと思うわけです。多くの人は、これまで人に指示を出して、返ってきたアウトプットを評価して、次の判断につなげるという経験を、そこまで大量にはしてこなかった。指示を受ける側の経験はたくさんあっても、出す側の経験は限られていた。だから今、AIという超高速で応答するエージェントが現れて、いきなりその判断力を大量に求められて、脳が戸惑っている。
でも、脳は可塑性の高い器官です。新しい環境への適応が起きる。せいぜい数年の範囲で、多くの人がこのやり方に慣れていくんじゃないかと思っています。子供なんかはもっと早いかもしれない。AIと一緒にいるのが当たり前の環境で育てば、「評価して指示を出す」ことに子供の頃から慣れている、ちょっと違う発達の仕方をした脳器官を持った人間が出てくるかもしれません。
「慣れる」の中身が問題——熟達した直感か、ただの手抜きか
ただ、ここからが今日一番言いたいことで、同じ「慣れ」でも、その中身には注意しなくてはならないということなんです。
カーネマンの議論の中には、「熟達した直感」(skilled intuition)という話が出てきます。チェスのグランドマスターが盤面を見た瞬間に最善手がわかるとか、熟練した消防士が言語化できない手がかりから危険を察知するとか。これらは素早い判断だからシステム1なんだけれど、これらの中身は長年のシステム2的な訓練の蓄積がシステム1に移行した結果と考えられています。
AI協働でも同じことが言えると思うんです。最初はシステム2でAIのアウトプットをちゃんと吟味して、「ここは使える」「ここはおかしい」という判断を意識的に繰り返す。その経験が十分に積み重なれば、AIの出力を見た瞬間に品質が直感的にわかるようになる。これが熟達した直感としてのシステム1化なんだと思います。
一方で、そういうトレーニングを経ずに、最初から「まあいいか」で流してしまうこともできる。AIのアウトプットはそのままでもかなりクオリティが高いから。見かけ上は同じくシステム1の素早い判断なんだけど、こちらは単なる怠惰であり、AI依存への入り口です。
つまり、問題は「システム1に委ねること」自体ではなく、「どんなシステム1に委ねるか」なんだと思います。十分にシステム2を経由して育ったシステム1なのか、それとも最初から吟味を省いたシステム1なのか。前者はAI協働の熟達者になる道、後者はAI依存への道です。

まとめ:AI疲れとAI依存は地続きである
というわけで、今日はAI疲れの話から始まって、「AIは人間の意思決定能力を鍛えるのか、弱らせるのか」という問いまで考えてみました。答えは、慣れ方の中身次第なんだと思います。最初の段階でしっかりシステム2を使って吟味する経験を積めば、それは熟達した直感として判断力を鍛える方向に働く。でも、そのプロセスを飛ばして認知的な省エネに走れば、判断力はむしろ弱っていく。
今まさにAI依存の論文を書いている中で感じるのは、疲労と依存は別々の問題ではなく、一つの連続体だということです。AI疲れを感じるのは、ある意味まだシステム2が働いている証拠。それが「楽になった」と感じた時こそ、自分のシステム1が熟達の結果なのか、ただの手抜きなのか、立ち止まって考えてみる価値があるんじゃないでしょうか。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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