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ブログ歩きながら考える

2026.3.20

テレワークは人を幸福にするか? – 歩きながら考える vol.252

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、テレワークと幸福度について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は3月15日の日経新聞の記事「テレワーク社会の落とし穴」を読んで考えたことを話してみます。テレワークっていいことばかりだと思ってたんですけど、ちょっと意外なデータが出てきて、「あれ、そう単純じゃないぞ」と思ったんですよね。歩きながら、ゆるく考えてみます。

テレワークは心理的にはプラスが多い

まず前提として、テレワークって心理的な幸福度を高める要素がかなり多いと思うんです。

幸福度の研究には大きく2つの流れがあります。一つはヘドニック(快楽的)な幸福で、気分がいいとか、楽しいとか、ストレスが少ないとか、いわゆる「ハッピー」に近い感覚。もう一つはユーダイモニック(生きがい的)な幸福で、自分の人生に意味があるとか、成長しているとか、自分らしく生きられているという感覚です。テレワークで通勤ストレスが減ったり、時間にゆとりができたりするのは、まずヘドニックな意味で幸福度を上げてくれますよね。

で、ユーダイモニックな方でいうと、心理学者のキャロル・リフが提唱した「心理的ウェルビーイングの6要素」がよく参照されます。自律性環境制御力個人的成長人生の目的他者との積極的な関係性自己受容の6つ。テレワークで考えると、自分のペースで働ける(自律性)、作業環境を自分好みにできる(環境制御力)、通勤時間を学びに使える(個人的成長)、仕事と家庭のバランスが取りやすくなって自分の価値観に沿った生活ができる(人生の目的)。いろいろな観点でテレワークは幸福度にプラスに働く可能性がある。

コロナ初期に「テレワークで幸福度が上がった」という話がたくさん出てきたのは、ヘドニックにもユーダイモニックにも、心理面が一気に改善されたからだと思うんですよね。

ところが、身体という「見えない土台」の衰えが

ところが、ここで面白い分析結果が記事になっていました。

明治安田厚生事業団体力医学研究所などが2025年に発表した研究によると、週4日以上テレワークをしている人は、毎日通勤している人と比べて体力が大きく低下していることがわかったそうです。東京都内の建設関連企業に勤める平均約40歳のオフィスワーカーを対象に、椅子から立ったり座ったりする動作を30秒間に何回できるかを測定したところ、毎日通勤する人が30回だったのに対し、週4日以上テレワークの人は25.7回だったとのこと。この差は約10歳分の体力低下に相当するそうです。通勤がなくなれば当然歩数は下がりますよね。その積み重ねが、体力の差として表れてきたということだと思います。

もちろん、分析の設計上テレワークが「原因」で体力が下がったと断言できるわけではないのだろうと思うのですが、理屈としてはすごくよくわかる。

僕自身も思い当たる節があって。京都に移って5、6年になりますが、京都って東京に比べて非常にコンパクトな都市で、移動がすごく楽なんですよね。街中はわりとフラットだし、電動自転車やバスで大体どこにでも行ける。効率的に時間が使えて幸福度が上がったように感じてるのですが、同時に移動で身体を使う機会は下がってると思います。なので、便利なんですけど、気を抜くと体力はすぐ落ちる。

去年、完全に漕がなくていい電動自転車を導入したら、前年より明らかに歩数が減って、今年2月の京都マラソンは非常に厳しい結果でした。Apple Watchで測っているVO2max安静時心拍数も悪化傾向が見えていて、「あ、これはまずいな」と。

つまり、心理的な幸福の要素が改善される裏で、身体が静かに衰えていく。そして健康は幸福度の土台です。土台が崩れれば、その上に積み上げた自律性や成長の実感も長くは持たない。短期的に心理面でプラスだったものが、中長期では身体面のマイナスを通じて幸福度全体を押し下げるリスクがあるということなんだと思います。

幸福は複雑だからこそ、定期的な「棚卸し」が要る

こういう話って、テレワークに限らないと思うんです。人間の幸福っていうのは複雑で、あっちを立てればこっちが立たないということが結構ある。

たとえば、人間関係もそうじゃないかなと思っています。ストレスが溜まる人との付き合いをなくせば、短期的には間違いなくストレスフリーになる。でも中長期で見ると、それで人間関係スキルが低下して、新しい関係を作るのが難しくなって、結局は孤立のリスクが高まるかもしれない。短期的に幸福度を上げるものが、中長期では下げる要因になるっていうパラドックスは、幸福度の世界では色々なところにあると思います。

だからこそ、定期的に自分の状態を棚卸しすることが大事なんだと思います。身体のデータを定量化したり、日々の社会生活を振り返ったりして「あれ、ここ落ちてるな」と気づける状態にしておく。

僕も京都マラソンの結果を受けて、最近は意識的に歩く量を増やして、何年ぶりかで筋トレも始めました。見た目のボディメイクが目的というよりは、基礎代謝を上げるための筋肉量を維持するっていう、幸福度の土台を整えるための投資ですね。1ヶ月くらい続けていますが、短期的にも清々しさを感じていて、中長期でも効果を見ていきたいなと思ってます。

ただ、こういう盲点って自分ではなかなか気づけない。テレワークの体力低下も、データで示されて初めて「そうだったのか」と思う人が多いんじゃないでしょうか。身体、心理、人間関係と、幸福度は多元的だからこそ、全部を自分だけで見張るのは難しい。将来的には、たとえばAIが健康データや生活パターンを総合的に見て、「ここが盲点になってますよ」と教えてくれるような仕組みがあると、すごく助かるんじゃないかなと思います。

まとめ:便利さの裏で何を失っているか

テレワークの体力低下は、「便利さが無意識の行動を奪う」という、もっと広い現象の一例なのかもしれません。電動自転車、フードデリバリー、オンライン会議。便利なものが増えるほど、かつて無意識にやっていた身体活動が一つずつ削られていく

幸福度のベースになるのは、やっぱり健康と経済的な安定。その上に、自律性や環境のコントロール感、人間関係、生きがいといったものが積み上がっていく。体が資本っていう言葉は使い古されているけど、テレワーク時代にこそ、改めてその意味を考えた方がいいのかもしれません。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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