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コンピテンシーと効果的なOJT

2019.5.7

OJTが勿体ないことになっている

渡邉 寧 | 株式会社かえる 代表取締役

ちぐはぐなOJTの扱い

日本の多くの企業では、仕事は仕事を通じて教えていくことになっていて、これをOJT(On the Job Training)と呼んでいます。しかし、教育プログラムとしてOJTの方法論について効果的なやり方が組織的に探求されていることは稀と思います。

大半は現場任せで、教える内容は言うに及ばず、教え方もバラバラというのが実態だと思います。当然、OJTによる教育効果もバラバラ

人事もOJTの重要性は十分に認識をしているので、OJTトレーナー研修のような機会を作ります。内容は「OJT教育計画を作りましょう」とか「トレーニーへのコーチング/フィードバックはこうやりましょう」と言ったもの。確かにそうした研修機会は無いよりは有った方が良いとは思いますが、OJTトレーナー研修をやったからと言って、それだけでOJTが有効に機能するという類のものではありません。

現場の仕事を最もよくわかっているのは現場。人事がそこまで入っていくべきものではない、という認識なのかもしれませんが、育成においてOJTが大きな役割を担っている認識がありつつ、そこに組織として抜本的に踏み込めないというのは勿体ない話だなと思います。

私の社会人1年目は日本のメーカーの販売会社でしたが、同期のOJTを聞いていると「担当店舗を先輩と回って、「あそこが○○電機○○店だから」と紹介され、それでOJTトレーナーからの指導は終わった」といったものもありました。「それはOJTじゃなくて、ただの引き継ぎだろう」と突っ込みたくなるような話ですが、会社組織としてOJT活動に対してグリップが無く、OJTを重視する組織文化も無い場合は、このようなことになっても不思議ではありません。

OJTは、本当は極めて効率の良い教育システム

現場でバラバラに運用されることが多いOJTですが、本来は「一粒で二度美味しい」極めて効率の良い教育システムです。というのも、OJTでの教育効果は教えられる初学者だけでなく、教える経験者にとっても良い学びの機会になるからです。

“Learning-by-teaching”(教えることで学ぶ)ことの教育効果が高いことは常々言われてきました。最近の応用認知心理学の実験でも、何かを学んでそのあと(何も見ずに)教える経験をすると、学びが継続的に定着することが実証されています。

個人的には、OJTが教える側にとって学びとなる理由は、上記の実験で示された記憶強化の加えて、教えるという行為が自分自身の棚卸しになるからだと思っています。

有能さを獲得する4つの段階

人間誰しも、新しい仕事を始めた最初は「無能」です。ごくごく一部の超人的に出来る人は居るかもしれませんが、最初はみんな「無能」から始まる。それが経験を経て「有能」になっていきます。この、「無能」から「有能」に至る段階は4つあると言われています。

上の図にあるように、最初は誰しも、「自分が何が出来ないかが分からない」状態から始まります。仕事の内容が分からない。その仕事をこなすために何が必要なのかが分からない。先輩と自分との間にどんな差があるのかがわからない。

こうした「①無意識的無能」状態から人はスタートし、しばらくたつと「②意識的無能」状態になります。すなわち、自分が何が出来ないかはわかっている状態。わかっているけれど出来ないというのが「②意識的無能」状態です。そして、更に経験を積むと「③意識的有能」状態になっていきます。この段階に達すると、「これはこうやってやるんだ」と意識して集中すれば、その仕事を上手くこなすことが出来ます

そして、更に経験を積むと最終的に「④無意識的有能」状態に至ります。この段階に達すると、特に意識しなくても仕事をこなすことが出来るようになります。いわゆるオートパイロット状態です。意識しなくても仕事を的確にこなすことが出来るので、余裕が生まれ、規模が大きかったりより複雑な仕事に取り組むことが出来るようになります。

OJTは教える側の学びが多い

仕事における熟達のひとまずのゴールは、①無意識的無能からスタートし④無意識的有能状態の段階に到達することです。しかし、それは「ひとまずの」ゴールでしかありません。

オートパイロット状態を長年続けると、どうしても知識やスキルにほころびが出てきます。というのも、知識やスキルは、同じことの繰り返しの中でちょっとした偏りが経変変化を経て大きな偏りになってしまったり、環境側の変化によって有効性を少しずつ失うものであったりするからです。

人に教えるという行為は、「④無意識的有能」状態を意図的・意識的に「③意識的有能」に落とす作業です。人に教えるためには暗黙知になっている自分の知識・スキルを形式知として表現する必要があるからです。この過程の中で、実は自分も良くわかっていなかったことが明らかになったり、自分の知識・スキルを客観視して見直す機会を得ることが出来ます。

これが非常に大きな学びになる。

OJTを見ていると、教わる側よりも教える側の方の学びの方が大きいのではないか?と思うくらい、大きな学びがOJTトレーナーにはもたらされます。

人間の知識はあいまいなもので、よく知っていると自分で思っていることでも、実はよくわかっていないということはよくあります。また、知識はいつかは陳腐化するものです。日頃の業務はとにかく忙しいことが多いので、その中で自分の知識・スキルの棚卸しをする機会は限られますが、OJTに手を挙げて人に教える道を自ら取ることで、

・自分は何を良く知っていて、実は何を良くわかっていないのか?
・どの知識やスキルが古くなっていて、アップデートが必要なのか?
・自分の知っている知識やスキルをより効果的に発揮する方法はないのか?

といったことを内省する機会がもたらされます。

OJTは現場任せにしてはいけない

私は、OJT活動を現場任せにするのは組織にとって大きな機会損失だし、場合によっては健全な組織を作る上で責任放棄になると思っています。

OJTを現場任せにした場合、教える内容・教え方には大きなバラツキが出ます。組織内には「教え上手・育成上手」が居る一方で「新人クラッシャー」のような人も居ます。「教え上手・育成上手」が一体何をどのように教えているのか、そうした暗黙知を組織的に収集し、形式知化した上で再度現場に戻していく。「新人クラッシャー」の兆候を早期に発見して組織的に手を打つ。

こうした活動は人事や経営企画、経営層が音頭を取って組織的に回し始めていくべきことであって、現場任せにすべきことではありません。

・育成におけるOJTの位置づけと役割を明確に定義する
・OJTトレーナーに期待することを具体的に定義し、伝える
・教える内容(コンピテンシー等)を明確にする
・その実施状況がリアルタイムで見える化される仕組みを作る
・上手く行かないOJTの組を支援する体制を組織的に作る

といったことは組織が事前に準備するべきです。

OJTが人材育成の重要要素と考えるのであれば、ここは組織としてグリップを握るべきですと考えます。OJTはそもそも教える側にも教わる側にも教育効果がある効率の高い人材育成施策なので、組織としての投資対効果は非常に優れたものとなることが期待されます。

文献
“The learning benefits of teaching: A retrieval practice hypothesis”Aloysius Wei Lun Koh Sze Chi Lee Stephen Wee Hun Lim (2018) Applied Cognitive PsychologyVolume 32, Issue 3

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。 株式会社かえる 代表取締役

プロフィール詳細

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